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チョコに溶ける 2
「え、嘘だ」
にわかには信じがたいようで明らかに疑った目を向ける。でも愉しくなってきた僕は最もらしく聞こえるようにゆっくりと話しかけた。
「濃厚なカカオの香りは感じなかった?」
「…………」
「内側のチョコレートの方が特に」
「…………」
「今まで作ったチョコレートケーキとは香りが格段に違うと思わない?」
「…………」
千秋は何も言わなかったが、淡々と述べていくごとに、そう言えば……とでも言いたげな顔になっていくのを見ていると笑いを堪えるのも大変になってくる。
濃厚なカカオの香りというのは、そのままチョコレートの香りだけで酒は全く入っていなかったのだが、酒が弱い上に酒の匂いもあまり嗅ぎ慣れていなかったが故に洋酒が入っていると思い込んでしまったらしい。
それに過去に数回、実は故意にお菓子に酒を混ぜたことがあったから尚更だ。
「ほら、ちょっと酔っ払った気がしない?」
駄目押しすると、若干釣り上がっていた眉が下がった気がした。
催眠術とか簡単にかかってしまうタイプなんだと思う。単純で可愛い。
「ふざけんなよ」
「酔っぱらう千秋は可愛いから僕の前だけで酔わせたい」
「お前……何回目だよ!」
「何回目かな?」
「……サイアク」
悪態つきながらも僕が手を伸ばすと、恥ずかしそうに少しだけ擦り寄り、それも酔っているからって言い訳をしてくる千秋に。
「そうだよね。酔ってるから仕方ないよね」
って口実を与えながらたくさんキスをして、たっぷり堪能した後で種明かししたら、言うまでもなくめちゃくちゃ怒られたんだけど。
**
そんな昨日のことを思い出していると千秋がバタバタとキッチンから玄関に向かって行った。
「俺、学校行くから!」
「え? もう行くの? 朝御飯は?」
「途中で食うからいらない!」
そして焦るように靴を履き出て行こうとするので、僕が追い掛けると、玄関先で振り返り部屋の中を指差して。
「キッチンに置いてるの飲め!」と言うだけ言って大急ぎで出ていった。
千秋の顔が耳まで赤くなっていたから不思議だったけど、見送った後キッチンに行けばそこにはたっぷりチョコが溶かされたホットチョコレートココアが置いてあった。
割られた板チョコが完全には溶けきってなくて、所々ココアの表面から顔を出しているところも千秋らしい。
すると千秋からスマホにメッセージが入る。
『昨日、俺は結局何も作ってなかったって思っただけだから』
きっと途中で恥ずかしくなったから送ってきたんだろうって思うと自然に頬が緩む。
「このために早起きしたって?」
あんなに朝が弱いのに。僕のために。
ひとりごちながら、千秋のこういう所がやっぱ好きだって実感したバレンタインデー翌日の朝だった。
《チョコに溶ける・終》
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