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第1話
「最近、ほんっとナンパ目的増えたね」
イベント後のアフターとしてやってきた半個室の居酒屋にて、ビールで乾杯した後にそう口火を切ったのはランさん。
女性にしては身長が高めですらっとしているからカッコイイ系のコスプレを主に得意としているけれど、本来は作る方が好きな人。俺を、しっかりとしたコスプレの沼に落としたのがこの人だ。
「私も今日声かけられた。この後ご飯行きませんかって」
それに応じたナギさんは正反対のふわふわ可愛い系。とはいえ中身はその見た目通りではないけれど。
「え、大丈夫だった?」
「うん。チルくんがいてくれたから敵わないと思ったらしくてすぐ行っちゃった」
「あー顔面が……」
「顔面がね……」
そして『チル』というのが俺のコスネーム。つまりここに集まっているのは全員アニメのキャラの格好をするコスプレイヤーだったりする。
俺がゲイだと公言しているおかげで女性陣の中に当たり前にいるけれど、本来男は敬遠されがちだ。その理由の一つが、今言ったナンパ。
純粋にアニメが好きな男レイヤーも大勢いるけれど、コスプレイヤーは簡単に引っかかるという噂を信じて声をかけてくる奴が多くなっているのは確かだ。どうしてコスプレ自体に興味もないのにわざわざレイヤーを引っかけたがるのかはわからないけれど、楽しんでいるこちらとしたら迷惑極まりない。
「腹立つことに、それなりに見た目はいいらしいよ。だから付き合うのかと思いきや一回限りだったって泣いた子もいるって話」
どっちもどっちに了承の上だったらただの大人のお付き合いで終わるけれど、ヤり目的の男が趣味の場に入ってくることを喜ばれることなんてそうはないだろう。こちらは好きでキャラのコスをしているわけで、そういう目的じゃないわけだし。
「まあ、恐くて断り切れないって場合もあるしねぇ」
あからさまなナンパ男はまだしも、カメラを持っていれば大体は話に応じるし、追い払うのは難しいか。特に男相手のごたごたは恐いだろうからできるだけ女性は避けたいだろうし。
しかし、ナンパ男……悪者……でもそれなりの容姿……ふむ。
「閃きました」
「はい、チルさん」
言って挙手をする俺を、唐揚げを摘まみながら適当に指すランさん。
「そういうのを俺が逆に引っかけて食べちゃうというのはいかがでしょうか」
「おっと王子様系肉食男子がインしました」
大皿から自分の皿へと揚げ出し豆腐を取り分けつつ、ナギさんが可愛らしく茶化してくれる。
どうにも露出の多い女性レイヤー陣の中でも動じていないことで性的欲求がない人間だと思われているらしいけど、とんでもない。
健全な男子である俺は当然気持ちのいいことが大好きで、相性のいい相手はいつだって大歓迎だ。セフレほどの付き合いも望まない。その時その時で気持ちよくしてくれる相手ならそれで結構。
「向こうから引っかけてきたんだったら引っかけ返しても文句は言われないかなって。悪者が減って俺も得をするってwin-winじゃない?」
「いや、引っかけたつもりが引っかかるって、ドッキリみたいで想像すると面白いけど……」
「チルくん今相手いないんだっけ?」
それなりにノってくれるらしい二人は、けれどちゃんと俺の心配もしてくれる。本当に、いい友達を持ったものだ。
「いや、なんかもう恋愛めんどくさくて。最近は体だけでいいかなって」
「……なんとなく察するから深くは聞かないけど」
「ありがとう。というか割り切った関係性を求めたくても、相手見つけんの難しいんだよねぇ」
「チルくんって身長高いし王子様系だからネコっぽくないもんね」
「その上面食い」
女性陣が遠慮なくズバズバ言ってくれるそれが俺の悩み。
平均的な男より身長が高く、美人とは言われるけれど女性的ではない顔と、モデルのスカウト名刺で扇ができるスタイルを持っていると、普通の女の子は引っかかってもタチの男がなかなか寄ってきてくれない。しかも、一般的なゲイにモテると言われるガチムチのヒゲタイプの男よりかはわかりやすいイケメンがタイプの身としてはなかなか一晩の相手を見つけるのもハードルが高い。おかげでそっち方面はいつも満たされていない。
だからこそ好きなキャラを、自分の容姿をもって表現できてその上喜ばれるコスプレがいい趣味になっているのかもしれない。と、最近は自己分析している。
「ちょっと良い目の男とお手軽に大人のお付き合いしたいんだけど、なかなかね」
「……最近出没してるアニメに興味のないナンパ目的の奴、そこそこの顔のが多いという噂」
どうやら止める気のないらしいランさんの情報に、ふむ、と一口ビールを呷ってから腕を組んで考える。
「けど、そういう奴らって狙いやすそうな女の子に行くでしょ。まあ割と非日常を求めて興味本位で男に手を出す奴が多いのは知ってるけど、きっかけがなぁ」
コスプレだけに限らず、普段でも一回抱くくらいならと興味を持っている男が多いってのは経験上知っている。口ではなにを言おうとも、意外とちょっと背中を押すだけで落ちる男も多い。レイヤーなんかよりよっぽどチョロいと俺は思う。
とはいえ、男レイヤーよりも露出の多めな女の子に惹かれるのは当然のことだし、ナンパ目的ならより一層そうだろう。自分で言ってはみたものの、それを引っかけるとなるとなかなか難しいんじゃないだろうか。
「……ならばいっそ一気に目線を集めてみようか」
「確かにチルくんならキャラを選べばいけるかもね」
「男の娘とか、奴らの思考でいったらチョロそうだと思われそうじゃない?」
女性陣が阿吽の呼吸で悪巧みを企てる顔になる。なんだその高速意思疎通。ただまあ、その理屈は俺にもわかってしまうのがなんとも。
「女装ってこと? 俺が? ……まあ立場はわかりやすいか」
よっぽど特殊な性癖がなければ、女の子の格好をしている相手に抱かれたいとは思わないだろう。ということは、格好で立場を示せるという、俺には都合のいい案ではある。
しかしただでさえ身長という飛びぬけたものが女装に向いていないというのに、一体どうする気なのか。
二人は文字通り俺を酒の肴にして、楽しそうに計画を練り続けたのだった。
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