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第1話

 SNS上の情報が確かなら、俺は、有名なコスプレイベントに行く途中で刺されたんだと思う。  それは、コスプレイベントの最寄り駅を出た直後の犯行だった。  覚えているのは、同じ会場に向かうキャリーケースを持った人混みに紛れ、スマホのSNS画面を見ながら今日も暑くなりそうだと、眩しい太陽に手をかざしたこと。それから、右横に体当たりのような衝撃を受けたことだけ。  痛さは感じなかった。  急に足に力が入らなくなって、倒れて、たぶん頭を強く打った。周りの悲鳴。逃げ惑う人の足が、俺の落としたスマホを蹴飛ばしていく。  頬にアスファルトを感じながら、それらを他人事のように眺めたような気がした。  本当に、それだけで。  あとは暗転していく世界を見ていた。  チカチカとノイズ混じりの闇が、視界の端から少しずつ俺の意識を奪っていった。  まずは自己紹介と、ささやかな言い訳をさせて欲しい。  俺は中村翔大。  ゆるい校風が気に入って入学を決めた、それなりに低レベルな高校の三年生。  この先の進学も東京の美容専門学校と決めているため、苛烈な受験勉強があるわけでもなし、気楽な高校生活最後の夏休みを満喫していた。  高一から一人でこっそり始めたコスプレも三年目。そこそこ有名な女性レイヤーとして、今じゃちょっとしたSNS上のツイドルになっていた。  そう、俺は男でありながら華奢な体格を生かして、周りを欺き、完璧に女としてコスプレを楽しんでいたのだ。  とはいっても俺だって普段は健全な男子高校生だから、家を出る段階からリリィちゃんになるわけにもいかない。親が泣く。  コスプレ初参加の時に共同更衣室を使ったら、盗撮や執拗なセクハラを受け、間仕切りの無いイベント更衣室を使うことが出来なくなってしまった。さすがに女性用更衣室を使うわけにもいかない。  しかし、それもこれも全てリリィちゃんの可愛さが原因だと考えれば、もう仕方が無い。俺の嫁は最高に可愛いのだから。  開き直った俺は苦肉の策で、途中下車して最安値で借りられる会議室で変身してから会場に向かうという、涙ぐましい努力をしていた。  そうして男である秘密を抱えたまま、もともとのコミュ障も発揮して、一人孤独に女性レイヤー活動を楽しんでいたのだ。  誰かから恨みを買うほどの深い人間関係なんて、築いたこともない。  一体なにが起こったのか、まったく分からなかった。  その後の俺はというと、ノートパソコンくらいの画面が浮かんでいるだけの真っ白な空間で、そこに流れていくSNSの情報をただぼんやりと見ていた。  画面左上には、見慣れたリリィちゃんのアイコン。自分のコスプレ用アカウントだ。もちろんヘッダーも、リリィちゃんになりきった自分のレイヤー写真。  次第に頭がはっきりしてくると、俺は焦った。ここは何処だ。イベントはどうなった。夢なら早く覚めろ。  そうして試行錯誤して分かったのは、体のない俺という意識は、この画面から離れられないということ。  キーボードのない浮かんでいるだけの画面に、どういう訳か入力が出来たこと。自分でも何をどうして操作できているのかは分からない。バカな俺の頭で考えても分からないったら分からない。  最後に、140文字のツイートにいくらSOSを発信しても、どうやら俺のツイートは誰にも見えていないということが分かった。  こうしてよく分からないままに思念体となって、SNSアカウントを眺めるだけの日々が始まったのだ。

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