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第2話
俺を刺したのは、知らない小太りのおっさんだった。
SNSに流れるニュースを眺める。
その変態野郎は俺を女だと思い込んでいて、破廉恥な衣装を彼氏の僕以外に見せたくなかった、などと意味の分からない供述を繰り返しているらしい。
SNS上では刺された女装レイヤーのニュースで盛り上がっている。
あーあ。
ついに男だと周りにバレた訳だ。しかも、俺が想像もしていなかった最悪の状況で。もう少し成長して、体格や肌質がリリィちゃんに相応しくなくなったら、女装レイヤーは人知れず卒業するつもりだったのに。
本人だかどうだか分からないが、俺の馬鹿高校の同級生とやらが、あいつはホモだったとかオカマだったとか得意げにツイートしては盛大に炎上していた。
『んな訳あるか!』
俺はすぐさまレスを返す。
誰にも届かないと分かっていても、レスをせずにはいられなかった。
『ゲームの“リリィちゃん”への愛ゆえにコスプレを始めた俺は、ノンケだ!』
『二次創作を徘徊してたから、そういう男同士の世界があるのは良く知っている。個人の自由だ。しかし何処の誰だか分からないお前が、俺のことで勝手に盛り上がるんじゃねぇよ!』
『だいたいふざけんなよ! 俺がコスプレする俺のリリィちゃんは、破廉恥な衣装なんかじゃない! 上半身の露出は皆無だし、下半身の露出だってニーハイとフリフリスカートの隙間の太ももくらいだったんだぞ』
『何よりも、真面目系どじっこ魔女のリリィちゃんは、黒髪処女の清楚な女の子だぞ。彼氏なんているはず無い! 何をどう間違っても俺のリリィちゃんの彼氏は、人のことブッ刺すおっさんじゃない!』
『バーカ、バーーーカ!!』
それからは自分の事件はなるべく見ないように注意した。
そんなに躍起にならなくても、一週間もするとSNS上は他のニュースに取って代わられ、探したところで俺の情報は出てこなくなったのだけれど。
一日中、ぼんやりと眺めるSNS。
刺される直前もSNSを見ていたし、ツイ廃の自覚はある。
でもそれは趣味を同じくする人たちと盛り上がったり、反応があったりしたからこそ楽しかったのだ。
冴え渡る上手い切り返しやコメント、ツッコミ、ボケ、全て。
誰も反応せず。
寂しさに気が狂いそうだ。
ちょっとやさぐれた俺は、炎上しないように細心の注意を払ってSNSをしていた反動もあって、TLに流れるフォロワーのつぶやきに好き放題にリプライしていった。
どうか同情の余地ありだと、優しい目で見て欲しい。
どうせ、誰の目にもとまらないと思っていたんだ。
『馬鹿じゃねーの。誰もお前の考察なんて聞いてねぇよ』
『いやお前ブスじゃん。ブスがそのコスプレ、ないわー。俺の方が似合ってる。男以下って生物としてどうよ?』
『うるせえよ世界がどうなろうが景気がどうなろうが、こちとら次のゲーム発売が一番重要なんだよ。リアタイ出来ない今の状況の方が大問題だよ。何お前、意識高い系?』
『はいはい、デマッターおつ』
『wwwwwwwwwww』
草だって生やしたい放題だ。
しかし当然の事ながら、どれだけ罵詈雑言を書いたところで、誰も反応をしない。
今まで放置してきたフォロワーをフォロバしまくっても、おすすめユーザーを片っ端からフォローしても、手当たり次第にDMしても、ふぁぼしても、誰も、なーんにも、反応はなかった。
それからしばらくしてから、自分の罵詈雑言リプに、自分でレスをした。
『馬鹿なのは俺だよ』
『誰にも見てもらえないのも俺。お前の考察、本当はすっげー好きだよ。天才だと思ってる』
『お前のキャラに対する愛情と細部まで手作りで再現するこだわりは、尊敬に値する』
『お前のその自信を持って立っている姿勢が、格好いいんだろうな。だからみんなお前が好きなんだ。愛されていて羨ましい』
『どーせ俺は童貞だよ。童貞で悪かったな』
『ってやっぱり誰も反応ないのな。……俺、もう誰も触れないのかな。触りてぇし、触られてぇ』
『正直、世界も経済も馬鹿な俺には難しすぎるけど、のんきにゲームできる平和な社会には感謝してた。お前のツイート読むだけで、いつも馬鹿なりに勉強してる気分になれてたよ。ありがとう』
『でもぜーんぶ、無駄』
『たぶん俺、死んだ。何にも出来ないぼうっとした思念体のまま、いつまでこうしてりゃ良いの』
『やばい。気が狂いそう』
『今なら死ぬほど眠たい古典の先生の授業だって、喜んで聞く。すごく勉強する。ダサいと思ってたけど、親にも感謝を伝える。まじで。だから神様、俺をどうにかして』
『死んだんなら死んだで、無にするとかあるだろ。まさかこれが地獄じゃないだろうな。そこまでいい人ではなかったけど、そんなに悪い奴でもなかったはずだ。普通の、ごくごく普通のDKだったはず』
『助けて。誰か』
140文字に乗せて、つらつらと書いた。
反応はなかった。
それからは自分の好きなキャラのRTで自分のツイートを埋めた。どうせ反応がないのなら、好きな物に囲まれていたい。
思念体でも泣けるんだとぼんやり思った。
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