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第5話

   病院からはライブ配信に切り替えてもらった。動画配信サービスだ。冬樹のアカウントは鍵垢だから、この世でたった一人、俺だけに向けた配信だ。  今は冬樹の制服のポケットに入っているスマホから、病院内の音声と、冬樹の足音が聞こえている。動画も通話も、向こうの音声や雑音まで聞こえるのに、俺の声は冬樹にしか届かない。  思念体の俺が閉じ込められている白い空間で、SNSと冬樹だけが、唯一の繋がりだった。  冬樹は順調に俺の病室を聞き出し、ドアをノックした。  病室の中から、声が聞こえる。聞き慣れた、それでいて懐かしい母親の声だ。  事前に打ち合わせた通りに、怪しまれないような具体的なエピソードを交えながら、冬樹が和やかに挨拶をする。 「ごめんなさいね。私はそろそろ帰らなくちゃいけなくて」 「どうしても翔大に会いたくて、こんな時間なのに急に来てしまいました。僕も塾があるので、翔大君の顔を見たら、すぐ帰ります」 「ゆっくりしていってあげて。……少しずつ、心拍が弱まってきているらしくてね。先生が、もう、長くはないだろうって」 「翔大君のお母さん。どうか諦めないでください。僕は翔大君が強い人だと知っています。きっと大丈夫ですから」 「そうよね。私が弱気になっちゃ、ダメよね。ありがとう」  母親の涙混じりの声を聞きながら、お母さんと、大きな声で叫ぶ。それでも俺の声は届かない。  俺には病室を出て行く母親の足音だって、聞こえるのに。 「翔大に、やっと、会えた」 「うん。連れてきてくれて、ありがとう」 「やっぱり、綺麗な顔をしてるな」 「本当に、俺が、寝てる。青白い顔だな」  病室で横になる俺を、冬樹が動画で撮っている。その手が震えているから、画面がブレブレだ。俺と同じくらい涙声で、冬樹が話し続ける。 「あのリリィちゃんコスプレの写真を初めて見たとき、すごく鼻筋が綺麗な子だなって思ったんだ。めちゃくちゃタイプでさ。下心満載でリプしたんだぜ。ほら。この綺麗なライン。翔大が目を開けたら、どんな感じなんだろ」 「メイク無しの目なんて、ただの野郎の目だぜ」 「それでも、見たい。僕のことを見て、画面越しじゃなくて、話がしたい」 「俺だって」  俺の鼻筋をたどる冬樹の手が画面に映る。眠る俺の顔に、涙が落ちた。冬樹が泣いている。それでも俺は、冬樹を抱きしめられない。 「ごめん。ごめんな。僕が泣いちゃダメだ。分かってるんだ。くそっ。確かにお前はいるのに。死ぬなよ」 「冬樹」 「好きなんだ。僕、こんな対等じゃない関係で、言うつもりなかったんだ。でも、本当に翔大が好きで。どんな形でも良いから、絶対に僕の前から消えて無くならないで」 「冬樹。俺もだ。俺だって冬樹が好きだよ」  どうしようもなく好きだった冬樹が、俺のことを好きだと言ってくれている。それなのに俺は、なんでこんな何もない空間で、一人泣いていなくちゃいけないんだ。あんまりだ。 「あ、……泣いてる」  ベッドで眠る青白い顔の俺も、涙を流していた。 「なぁ、冬樹。お願い。俺に触って」  俺がお願いしたら、冬樹は震える手で、俺の涙を拭ってくれた。 「もっと」  冬樹は俺の耳に優しく触れ、首筋をたどり、病院支給のパジャマの合わせから、そっと手を入れる。  画面のこちらの俺には、何も感じない。悔しい。好きな人の手だ。俺の好きな人が触れてくれているのに。 「翔大、暖かいよ」 「俺だって、冬樹の手の温もりを感じたい。なあ、もっと、触って。俺、冬樹に触られたい。誰にも触られたことない所も、冬樹に触られたいんだ」  パジャマの紐を解き、筋肉の落ちた青白い体を、冬樹は愛おしそうに撫でてくれた。脇腹には、抜糸の済んだ傷口。そこに優しく口を付ける。 「ふふ。やっぱ可愛い顔してても、男子高校生だな。ほら、もう勃起()ってる」 「しょうがねぇだろ。思念体じゃナ二できねえんだもん」 「なぁ……。抱いても、良いか?」  緩く、パジャマのズボンの前をこすりながら、冬樹が聞いている。  俺は何度も頷いた。涙が止まらない。 「嬉しい。冬樹が良い。死ぬ前に、冬樹に抱かれたい」 「嫌だ。死ぬな。死なせない」  冬樹が俺の体の隅々まで愛してくれるのを、ベッドサイドに置かれた冬樹のスマホ越しに、泣きながら見つめた。  冬樹はずっと、好きだとか、綺麗だとか言いながら、丁寧に俺の体を暴いていく。  俺たちが一つに繋がる頃には、俺の顔に涙がボタボタと降ってくるのを、雨みたいだと、ぼんやり思った。  熱い塊が律動するリズムに合わせて、俺の体も揺れている。  痛い。  苦しい。  でも気持ちいい。  眩しい。  ゆっくりと目を開ければ、涙で汚れて滅茶苦茶な冬樹の顔があった。 「ふ、ゆき……?」 「翔大!?」  目を開けた俺に驚いた冬樹が慌てて俺の中から出ていこうとするのを、俺の力の入らない体はそれでも引き留めるようにうごめく。 「あっ、あ。止めないで」  動かない体を叱咤して、震える手で、冬樹の顔の涙を拭う。 「うれ、し」 「翔大。好きだ。翔大」 「俺、も。俺も、すき」  ぎゅうぎゅう抱きしめられながら、その温もりを確かめる。  これは俺の好きな人だ。 「ただいま。冬樹」  俺は笑いながら泣いて、その温もりを確かめた。  目の前には、苦しくも愛しい、俺の冬樹がいる。  俺は体中で、生きていることを感じた。  同じ強さで、同じ気持ちを返してくれる冬樹が、ここにいる。  あの白い空間は、もう何処にも無い。

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