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第4話
ダイレクトメッセージ受信を知らせる通知マークに、赤丸の数字が1。
俺はすぐさま開く。
『返事、遅くなってすみません。このアカウントに移動してもらえませんか』
零FFさんからの待ちに待ったツイートだった。
すぐさま移動をすると、鍵零FFという名前の非公開アカウントだった。フォロワーはいない。
確かにこれなら、他人の目を気にせずやりとりができる。俺はすぐさまフォロバをした。承認待ちの時間がもどかしい。
『連絡をありがとうございます!』
前のめりになって送ったメッセージに、鍵零FFさんからリプライが付く。嬉しい。
『可能であれば、Onsaidで通話しませんか?』
Onsaidは、SNSで相互フォローしている相手と音声通話が出来るスマホ用無料アプリだ。電話番号を知らない相手にも、SNSアカウントからログインすれば、データ通信を使って通話が出来る。
使ったことはないが、たしか俺もスマホにこのアプリを入れていたはずだ。ただ今のこの不確かな状態で繋がるのだろうか。
どちらにせよ俺に断る選択肢などない。
『繋がるかは不明ですが、もちろん大丈夫です!』
すぐに鍵零FFさんから電話アプリの着信通知が出た。
通話の緑ボタンをタップする。数秒の後、通話が繋がった。
「あ、初めまして。零FFです。繋がってますか?」
信じられない。繋がった。思念体の体が震える。
相手は、若い男の声だった。
俺は恐る恐る返事をする。
「えっと、あの、リリィです」
「うわぁ……。本当に男の声だ」
「え? あ、いや、そ、そ、そのっ! こ、このアカウントは」
「あ、大丈夫です。すみません。僕、この五日間で勝手にリリィさん、……もとい中村翔大君の事を調べてしまいました。たぶん、もう大抵のことは把握していると思います」
軽いパニックになっている俺に、零FFさんは経緯を説明してくれた。
やはり信頼できる友人に見てもらっても、リリィちゃん@SNのツイートだけ、零FFさんにしか見ることが出来なかったらしい。スクショも同じく。
ここで零FFさんは怖がることなく、むしろ俺についてネットで調べまくってくれたのだとか。それなりに大きな事件だったからか、個人情報も何も俺の名前まで筒抜けになっていた。情報社会恐るべし。
「いやまぁ、自分の頭がおかしくなったんじゃないかと、今でも心配はしています」
「あ、俺も。零FFさんが俺の妄想だったら、かなりのダメージだなって」
「ははっ。そっすね。ただ、中村翔大君も、事件までのSNSも間違いなく実在していましたよ。その後のツイートから先が、何故だか僕にしか見えない状況ってだけで。えっと、すみません。リリィちゃん@SN垢のツイート、遡ってかなり見ました」
「あー、あれ、自分でも、ちょっと、自暴自棄というか」
「えっと。かなり病んでる感じで」
「で、ですよね」
「だからこそ、僕も放置することが出来なくて。だって、一人で、訳も分からずその状況なんでしょう? それがもし本当ならって考えたら、居ても立ってもいられなくなって。僕で力になれることがあればと、勇気を出して連絡をしました」
やばい泣きそうだ。
今何か不用意に喋ると声が震えてしまいそうで、不自然に黙ってしまう。喉がヒクヒクするのを気合いで堪えた。思念体のくせに、こういうところだけリアルで困る。
零FFさんは俺の沈黙を追求することなく、片方だけが情報を持っているのは不公平だからと、零FFさんの個人情報を教えてくれた。何ていい人なんだ。
零FFさんもとい、藤原冬樹君。都内の高校に通う高校三年生。俺と同学年だ。
受験勉強と趣味のゲームを両立しながら、息抜きに見たSNSの一つが俺のアカウントだったらしい。
それから俺たちは時間の許す限りSNSでやりとりを交わし、暇があればアプリで通話をした。
きっと俺は藤原君の受験勉強の妨げになっているに違いない。それでも俺は、藤原君の優しさを拒めない。すがりつかないだけで、精一杯だった。
きっと藤原君はそんな俺のことなんてお見通しで。
もともとの趣味も似ていることから、特殊な関係の俺たちは、驚くほどすぐに仲良くなっていった。
「今日さ、翔大の入院している病院の情報を入手したんだけど」
高校の授業が終わった夕方。いつもより少し遅い時間にかかってきた冬樹からの通話だった。周りが少し騒がしいのは、塾に行く途中だろうか。
「うぇっ? マジで俺、生きてんの!?」
「おい、そこからかよ。で、どうする? 翔大が嫌なら、行かない」
「正直、俺の体がどうなってんのか、すげぇ知りたい。お願いしても良い? 冬樹に甘えてばっかでごめんなぁ」
「僕がしたくてしてるんだから。どうせならリリィちゃんの声でありがとうって言ってみてよ」
「あーん? 俺はコスプレしてただけで、声真似は出来ねぇっての」
「野郎の声だもんなぁ。本当にこのアイコンの写真、お前なのかよ」
「冬樹、女のメイクマジックには騙されんなよ」
「怖えよ」
ふざけあって会話しながらも、緊張が高まる。
いくら考えないようにしていても、夏が終われば、いよいよセンター試験に向け冬樹も忙しくなっていくだろう。俺にばかり構っていられなくなるはずだ。怖い。
「んじゃ、行くか」
「え? い、今から?」
「実は今、すでに病院の前。翔大さ、東京のイベントで刺されたっしょ? 都内の病院に搬送されてたんだよ。お前の体、意外と近くにあったんだなって思ったらさ、つい我慢できずに来てしまった」
冬樹の言葉の端々から、ちゃんと俺の話を信じてくれているのだと分かる。
会話するようになってから一度も、冬樹は疑ったり馬鹿にしたりするような発言をしなかった。信じてもらえていなかったら、酷い言動を返されていたら、とっくに心が折れていたかも知れない。
冬樹のそういう誠実なところが、俺はたまらなく好きになっていた。
「なぁ。冬樹は何で信じてくれたの? 俺が言うのもなんだけど、SNSだぜ?」
「ん? あー。まぁなぁ、例え僕が騙されても、騙したヤツのモラルが欠如しているのであって、それによって僕は何一つ損なわれないんだ。分かる?」
「難しくって、分っかんねぇ」
「翔大はバカだからなぁ」
「否定は出来ないけどムカつく」
泣きそうになるのを、軽口を交わす事で誤魔化した。
あー、格好良いなぁ。それでなくても俺の世界は冬樹中心なのに、こんなの好きになるなってほうが無理。くっそ。好きだなぁ。
俺はどうしようもないバカだ。男同士だし、よく分からない思念体だし、それなのに会ったこともないこの男の事が、どうしようも無く好きだ。
それと同じくらい、現実が怖かった。
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