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運命が 繋いで結んだ 縁だった
「パートナー?」
「たとえばドミニクス王とショーゴさまじゃな。ショーゴさまも膨大な魔力を有する方じゃったようだ。頻繁に魔力を出さねば亡くなりかねない状態だったのが、王が側にいないときは、魔力が溜まる速度が格段に落ちたらしい」
「それってつまり?」
「ある条件を満たしたパートナーが存在しなければ、異世界人は魔力過多にならないということじゃ」
「その条件とは?」
「一目で惹かれ合うほど、そして二度と離れられないと思えるほど、真実恋い慕った相手、だそうじゃ」
「なんですかい、そりゃ」
驚くハチに、マルセルは少しだけ困ったような顔をして頷いた。
「そう書いてあるのじゃから仕方ない。だから儂も最初はその文献を頭から信じられんでのう。何しろ異世界人の生涯について書かれた文献を元に予想しただけで、理屈などは全く説明されておらんのじゃから」
これでは眉唾ものと切って捨ててもおかしくはない。
むしろよくこの内容を覚えていたものだと、ハチはある意味感心してしまう。
「筆者は結びに、こんなことを書いておる」
国に繁栄を齎した異世界人とパートナーの存在。
それはまさに運命――婚姻よりも深い愛の形。魂同士が結びついた、理想の恋人。
獣人の“番”に似ているが、それとは少し異なるこの現象を、私は“運命の番”と名付けよう――と。
「馬鹿馬鹿しい」
ラドバウトがさも呆れた口調で吐き捨てた。
ハチも正直、同じ気持ちだ。
しかしマルセルは違ったらしい。
「儂も最初は馬鹿馬鹿しいと切って捨てたのじゃがな。二人を見ているうちに、なんだかこれが真実のような気がしてならなくなってのう」
「ってぇと?」
「一番顕著なのはラドバウト団長じゃな。これまで本気の愛情など向けたことのないお人が、ハチと出会った瞬間に態度がまるで変わってしもうた」
「いや、俺は別に……」
「本人は無自覚じゃったか。しかし以前とは全く違っておるぞ。なぁヘイス、そうは思わんか」
「そうですね。ハチくんの前では魔神の面影まるでなし。誰に対しても塩対応の団長が、気持ちが悪いくらいに甘やかしまくってますよね」
気持ち悪いと言われてギロリと睨むラドバウト。
しかし自分にとってハチは、特別な存在であることは自覚している。今まで誰に対しても執着などしたことがない自分が、だ。
普通であれば、奇妙な髪型に見たこともない衣服を纏って、プールから出てきた不審な子どもなど、気にかけたりはしないのに。
思えば自分は最初からハチを気遣っていた。
泣きじゃくるハチを抱き上げたり、衣服を着せて食事の世話をし、果ては国王に逆らって国外逃亡まで考える始末。
なぜハチなのか。
どうしてこんな気持ちになるのか。
理由を考えても、答えは出てこない。
なぜと問われても、それは相手がハチだからと言うことしかできないのだ。
「その理由が、異世界人であるハチの“運命の番”だとしたら、全て説明がつくとは思わんかの」
マルセルの言葉が、ストンと胸に落ちた。
「運命の……番」
「そんなものが本当に存在するかはわからんがの。しかし“運命”は、今の二人に一番しっくり来る言葉とは思わんかね、ラドバウト団長」
自分の不可解な言動や心の正体が判明し、ある種の感動に包まれているラドバウトから視線を移し、アレックスに向き直ったマルセルは
「ゆえに二人を離すことは無理と申し上げた次第です」
と言って、再び頭 を垂れた。
「今だってハチくんを手元に置いておきたいけど……二人がドミニクス王ならびにショーゴさまと同じ関係と聞いたら、引き離せないじゃないか」
「それでは……」
「僕の手元に囲うことはやめておくよ。彼のことは“運命の番”であるラドバウトに任せることにしよう」
「はっ! ありがたき幸せ!!」
「だけどハチくん。異世界人というだけじゃなく、君の人となりそのものが僕にとっては貴重な存在であることは確かだ。だからまた、こうして遊びに来てくれないかな」
「お安いご用です!」
アレックスがハチに向かって手を差し伸べた。
友愛の印の握手を求めたのだ。
ハチはその手の意味が全くわからなかったが、とりあえず手を握り返しておいた。
これから数十年におよぶ二人の友情が始まった瞬間である。
「ところでハチくんはこの後どうするつもり? 住む場所はあるの? やりたい仕事は?」
「恐れながら」
ラドバウトが素早く口を挟んだ。
「今後も私の家に住まわせようと考えております」
「ハチくんはそれでいいの? 不服があるなら、どこか家を用意してあげてもいいよ」
「おいら、家なんて別に要りやせん。ラドのだんながいいって言うんなら、一緒に住まわせてもらってぇと思ってるんで」
一緒に住んだほうが、ラドバウトに対して恩返しがしやすいだろう……そう思っての発言だった。しかしこれに異常な反応を示したのがラドバウトである。
「ハチ!! 俺が断るわけないだろう!!」
アレックスの手前、抱きしめるのは踏みとどまったものの、ラドバウトは感極まって鼻息をムハムハ荒くした。
「じゃあ、ラドのだんな、これから世話になりやすぜ」
まずはあの汚家をなんとか綺麗にするところから始めねぇとな……ハチは固く決心した。
「住むところは決まったけれど、仕事の当てはあるのかい? 異世界から来たばかりの君が、すぐに仕事を見つけられるとは思えない。よかったら宮殿内で働ける仕事を斡旋しようか?」
「そいつぁ、ありがてぇこってす。けど、できればおいら棒手振 りを続けてぇんですが」
「ボテフリ?」
「天秤棒に品物乗せて、町中練り歩いて商売するんで。鬼に金棒、おいらに天秤棒ってやつでさぁ!」
「うーん。ところどころ言葉の意味はわからないけれど、マルセルはそう言った商売方法があるって知っている?」
「初耳にございます」
この国で商売を行う者は皆、店や露店を構えるのが普通だ。天秤担いで行商を行う者など、マルセルもアレックスも聞いたことがない。
「じゃあおいら、棒手振りはできねぇってことですかい?」
「残念だけど。でもなんとか希望を叶えてあげたいな。マルセル、どうしたらいい?」
「先日、宮殿内でメッセンジャーをしていた者が急に退職して、人手不足に困っていると言う話を小耳に挟みました」
メッセンジャーは。各部署に送られた手紙や品物を運ぶ仕事である。棒手振りのハチにはピッタリの職業といえよう。
「だけど、こんなに小さな子が働くだなんて……今はこの国について学ぶことに専念したら?」
アレックスもまた、ハチを十歳そこそこと見ていた。
しかし。
「小せぇなんて馬鹿にしなさんな! おいらこれでも二十歳 ですぜ!」
「えっ」
「はっ?」
「なんと!」
「まさか」
ハチ以外の全員が、その言葉に目を丸くした。
「本当に……二十歳なのかい?」
「あたぼうでさ! それに江戸じゃあ、十 のころから仕事をしてたんで。この国でも立派に働けまさぁ!」
エヘンと胸を張るハチ。
「……わかった。それじゃマルセル、すぐにでも仕事の手配を整えてあげてくれる?」
「御意」
「それにしても、おいらの天秤棒はどこに行っちまったんだろう」
ハチの仕事の相棒は、いつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
「あれは六爺から預かった、大切なもんだったのに……」
「棒なら詰め所で保管しているから安心しろ。それよりハチ。お前本当の本当に二十歳なんだな?」
「嘘なんか付いてなんになるんで。正真正銘、二十歳で間違いございやせんよ」
ただしそれは数えで二十歳。
本当の年齢は一歳下の十九なのだが、そんなことは聖バームスロット王国の者はもちろん、満年齢が一般的でなかった江戸に暮らしたハチ本人も気付いていない。
「……随分と、若く見えるよね」
「面 が幼 ぇって、よく言われやす」
そんな会話を二人が交わしている横で、「二十歳……大人……合法……最後まで手を出しても大丈夫……」とブツブツ呟くラドバウトの姿を見たヘイスは、これまでにないほどドン引きしたのである。
その後王宮内で、天秤棒を担ぎながら手紙や小包などの荷物を運ぶ、ハチの姿が目撃されるようになる。
その奇異な姿は人々の注目を集め、その人柄も相まってあっという間に有名人となった。中にはハチに懸想する者も出てきて、そのたびにラドバウトがヤキモキしたとかしないとか……。
しかし当のハチはそれどころではない。
仕事のほかに、聖バームスロット王国について、さまざまなことを学ばなければいけない身なのだ。
仕事は午前中だけにして、午後はマルセルの元でさまざまなことを学ぶ。そして夜にはラドバウトと一緒に帰宅して……この後の展開は、皆さまのご想像にお任せしよう。
そんな生活を繰り返しながら、徐々に聖バームスロット王国に溶け込んでいったハチ。
しかしその道のりは決して平坦とは言えない。
彼の前には幾多の困難が待ち受けており、卑怯な陰謀に巻き込まれたりもしたのだが、いつも前向きな姿勢と持ち前のバイタリティを発揮。
ハチを愛して止まないラドバウトや、アレックス、マルセル、ついでにヘイスの存在に支えながら、どんな困難も乗り越えていったのである。
そして二十四歳のときにはついに、ラドバウトにプロポーズをされて、それをアッサリ承諾。
「エドでは男同士の結婚が認められていないと聞いたけれど、ハチくんはラドバウトと結婚するのは嫌じゃなかったの?」
そう問うアレックスにハチは
「だって異世界人は、男であろうと嫁になるのが普通でござんしょ?」
と平然と答えたのである。
ハチが以前読んだ文献には、ショーゴさまを筆頭に同性婚をした人物が数多く掲載されていたのだ。だからハチは、自分もいつか嫁になるのが当然と、受け入れていたのである。
それが勘違いであることに、全く気付きもせずに。
後日それを知ったラドバウトが、ショーゴさま以下多くの異世界人に、深い感謝の念を送ったのは言うまでもない。
天秤と共に流されて、異世界にドッカと根ざして生きたハチ。
数奇な運命を辿った彼の、話のタネは尽きないが、ひとまずここで終いにしよう。
続きはまたの講釈で……。
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