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流された 先に待ってた 運命は

 ハチは前日同様に、江戸の様子や庶民の暮らしを面白おかしく語って聞かせた。  初めて聞く異世界の様子に興味津々のアレックスは、目を爛々と輝かせながらハチの話に聞き入った。 「じゃあハチくんは、生まれてすぐにナガヤとやらの前に捨てられていたのかい?」 「そう聞いておりやす」 「生まれたばかりの子どもを捨てるだなんて、酷い親もいたものだ。いや、親ばかりが悪いわけではないな。これは(まつりごと)自体に問題があるということだろう……マルセル」 「はい、陛下」 「我が国にもハチくんのように、生まれてすぐに捨てられるような子どもはいるのかい?」 「恐れながら申し上げます。この国でも生まれたばかりの子どもが捨てられることが多く、乳児院には毎年のように新しい子どもが増えているのも、また事実にございます」 「なんだと? それはどうして」 「両親が相次いで亡くなったり、貧困や病気が原因で親が育てられなくなった場合など、子どもによってさまざまです。中にはハチのように突然捨てられているケースもあるようです」   「……僕はこの国にそんな子どもがいたなんて、今まで全く知らずにいた。なぜみんな、それを教えてくれなかったんだい?」 「子を捨てる行為がなくならないのは、国政に関わって来た自分たちの責任問題。それを叱責されるのを恐れてのことでしょう」 「そんなくだらないことで」 「恐れながら陛下。捨てられた子どもたちはその後どうなるか、お耳に入れてもよろしゅうございますか?」 「よい、許す。話してみよ」 「多くの乳児院が資金も人手も足りず、貧困に喘いでいます。その日の糧を得るために、小さな子どもたちも総出で働かなければ、全員が食べていくことができないのです」  そのため、子どもたちに教育を施す余裕すらない。学のないまま育った子どもたちは、十五を過ぎると院を出されて、街で暮らさなければならなくなるのだ。  しかし仕事をするにしても、彼らが働ける場所はおのずと限られてくる。無事に働き口を見つけても、安い賃金でこき使われる場合もあるのだから、いつまで経っても貧困から抜け出すことができない。 「そんな彼らに子ができた場合、養っていけないからいう理由から、今度は彼ら自身が自分の子を捨てるのです。そして乳児院は毎年のように、大勢の子どもで溢れかえるのでございます」 「なんと……」  アレックスは絶句した。  豊かで平和に見えるこの国で、そのようなことが行われているとは思いもよらなかったのだ。 「知らなかった……では済まされないな。私はこの国を治める王になったのだ。すぐには無理だとしても、いつかこの現状を変えなければならない」 「ご立派にございます」  つい昨年、王になったばかりの若者に対し、マルセルは感動した面持ちで深々と(こうべ)を垂れた。  実はアレックス、もともとは王になる予定のない立場にあった。  彼の父は先々代の王で、つまりアレックスは先代の王の異母弟に当たるのだが、年老いた父が若い侍女に手を付けたということもあり、その誕生は当時から物議を醸したのだ。  何しろ生母の身分が低すぎる。しかし王家の血を受け継いでいる。  アレックスを旗頭に、当時の王太子を退けようとする輩が現れないとも限らない。  権力争いが起こることを懸念した先々代の王は、アレックスに継承権を与えず、母と共に僻地の離宮に住まわせることにした。  さらには下手に知識を持てば謀反を起こすやもしれぬと心配し、アレックスに帝王学を教えることを禁じた。学んでいいのは必要最低限の基礎教育やマナーだけ。  王子として生まれながら華やかな表舞台に立つこともなく、ひっそりと生きる彼に転機が起きたのは、一昨年のこと。  前王崩御である。  まさかの事態から、突如玉座を手にしたアレックスだったが、政についてはズブの素人。何もわからないところからのスタートである。  彼は前王が死亡した直後、聖バームスロット王国の生き字引と呼ばれるマルセルを教育係に任命した。そして日々勉学に励んだのである。  しかし覚えなければいけない事柄があまりに多すぎて、民がどういった生活をしているかなんて、未だ把握していなかった。  ゆえにハチの話とマルセルの言葉に、この現状を打破せねばと決意したのである。 「このマルセルも微力ながら、陛下の御為にお手伝いをさせていただきたいと思います」 「よく言ってくれた。生き字引のマルセルにそう言われると心強いよ。それにしても……」  アレックスがハチに向かって笑みを浮かべるのを見て、ラドバウトは嫌な予感がした。 「大切なことを気付かせてくれたハチくんには、本当に感謝の言葉もない」 「おいら、自分の身の上を語っただけですぜ。こんな庶民の話なんかに、感謝しねぇでくださいやし」 「その庶民目線がいいのだよ。僕の周囲には、庶民について事細かく教えてくれる者はいないからね。君がいてくれたら、僕はこの国をよりよい方向に導いていけるような気がする。ハチくん、君は本当に不思議な男だ」  アレックスは、今度はラドバウトに優雅な微笑みを向ける。  その笑みが、ラドバウトは心底恐ろしく見えた。 「ねぇラドバウト。僕はハチくんが欲しい。ハチくんを僕に預けてくれないかい?」 「……っ!」  ラドバウトは絶句した。  それは、問いかけを装った命令に違いなかった。  ハチが欲しいと言われても、そんなこと絶対に許さない。たとえ国王だろうと、ハチを手放す気は毛頭ないのだ。  しかしそれは騎士として絶対に許されないこと。  黒の騎士団団長の地位を剥奪され、国王に逆らった罪で終身刑か国外追放、最悪の場合は処刑されるかもしれない。  そうなった場合は恐らく実家である伯爵家にも、迷惑をかけることになるだろう。 ――しかしそれでも……俺はハチを渡す気にはなれない……!  たとえ反逆者の汚名を着ても、ハチだけは手放すものか。  ラドバウトはそう決心して口を開いた。 「恐れながら……」  しかしラドバウトは、最後まで言葉を続けることができなかった。 「そいつぁ、まっぴらごめんでさぁ」  ハチが横からそう言ったのだ。 「ソイツァー? ……ごめん、なんと言ったのかわからなかったから、もう一度お願いできないかな?」 「おいら、ラドのだんなの側にいてぇ。だから、アレクのところに貰われて行く気はねぇって言ったんでさ」 「ハチ……」  ラドバウトはハチの言葉に胸が詰まった。 「どうしてか、理由を聞いても?」  アレックスは小首をコテンと傾げてそう問うた。  国一番の権力者である国王(じぶん)の申し出を断ったことを怒っているかと思いきや、その目には愉悦の色が滲んでいる。 「ここに来てからってぇもの、ラドのだんなには散々世話になったんだ。一宿一飯の恩義を返さなきゃ、江戸っ子の名が廃るってもんでさぁ」 「僕のところに来ても、恩は返せると思うけれど」 「こちとら気が短ぇ江戸っ子だ。今受けた恩は、今返したいんでござんすよ」 「僕のところに来れば、なんの不自由もなく贅沢三昧に暮らせるというのに?」 「はっ! そんな暮らし、(はな)から望んでやしませんぜ」  これまで余計な物は何一つ持たずに生きてきたハチ。  宵越しの金は持たない江戸っ子気質も加わって、贅沢をさせてやると言う提案に心が動くことはなかった。 「そりゃあ贅沢したいとは思いやすよ。けどね、おいらこの二日間でわかったんでさ。のんべんだらりの生活は性に合わねぇ。おいらやっぱり、自分で働いて銭を稼ぐのが一番だ。それからラドのだんな」 「お、おう」 「だんなは夕べ、この国でどうしたいって、お尋ねになりやしたね」 「ああ」 「おいら、ラドのだんなには本当に恩義を感じてるんですぜ。だからまずはこの世界のことを学んで、仕事を見つけて働いて、そんでもってこの国にしっかり根ざして生きていきてぇ……それがおいらの答えでござんすよ」    感動のあまり言葉も出ないラドバウトはもちろん、アレックスもマルセルも、ヘイスさえも口を開けなかった。  贅沢が嫌いだなんて人間はいない。誰しも苦労なんてしたくないから、目の前に贅沢をさせてやろうと言う者が現れたら、喜んでその手を取ることだろう。  しかしハチは違った。  右も左もわからぬ異世界にドッカと根を下ろし、自分の力で立派に生きていくと宣言したのだ。 「くっ……くくく……ははははは!!」  静まりかえった室内に、突如アレックスの笑い声が響いた。 「ハチくんは本当に面白い男だな。ますます気に入ったよ。仕事なら僕のところに来てもできるよ? それでもだめなのかい?」 「恐れながら陛下」  それまで静かに控えていたマルセルが、静かに口を開いた。 「ん、なんだい? マルセル」 「二人を引き離すことは無理かと」 「なぜだい?」 「これはまだ、儂の想像の域を超えない話ですが……ラドバウト団長とハチは“運命の番”ではなかろうかと思われます」  初めて耳にする言葉に首を傾げるハチ。  横ではヘイスがわなわなと震えている。 「お師匠さま。それってあの本に書いてあった……?」 「うむ。それ以外に、この状況を説明できるものはない気がしてのぉ」  長い髭を扱きながらウンウンと頷くマルセルとは対照的に、なぜか混乱した様子のラドバウト。 「待ってください、マルセル殿。番とは獣人の伴侶同士に存在する、婚姻よりも強固な結びつきのことでは?」 「さよう」 「しかしそれが存在するのは獣人のみ。人間に番なんていないはず」 「それがそうでもないようでな。異世界人がこの世界に幸せを齎すと言われていることは、ご承知のとおり。ではなぜ、そのようなことが起こるのか。ラドバウト団長は考えたことがあるかな?」 「いえ」 「とある本に、その理由が書かれておった」  とは言っても筆者自身があくまで仮説と断っておるがの……と言いながら、マルセルは説明を続けた。  曰く、過去この世界にやって来た異世界人の一部には、とある特徴が見られるのだという。  それは、魔力量の異常な高さ。  異世界人だからいって皆が皆、膨大な魔力を持っているとは限らない。それが一部の人間に限り、信じられないくらいの魔力量があることが確認されていたらしい。 「その一部の人間に共通するのが、番……特別なパートナーの存在じゃ」

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