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第1話

そこにはいつも、花が咲いている。 薄紫色がかった透明感のある白い花で、下向きに咲く可憐な花だ。 長い茎の先にペンライトを吊るしたような形。 その不思議な形に惹かれ俯いて咲く花を覗き込む。 花の形はまるで蓮のようだが、蓮にしてはとても小さい。 その花の蕾だろうか。 茎から垂れ下がった紫色の小さなくす玉たちが、風に吹かれてゆらゆらと揺れている。 可憐な花とくす玉の蕾がどこまでも広がる世界は幻想的で、この世のものとは思えない光景だ。 ここがどこで、この花が何という花なのか升麻(しょうま)にはわからなかった。 だが唯一わかることがあった。 それは澄んだ空気を思い切り肺に取り込んでも胸に全く痛みを感じないという事。 いつも身体に付き纏っている怠さやしんどさも全部消えている。 まるで背中に羽でも生えたかのように軽やかで、宙を浮いているような気さえするのだ。 こんな事生まれて初めてだ… だってこんな風に身体が軽かったことなんて今まで一度もない。 その瞬間、升麻は気づいてしまう。 この場所には長く居れないことに。 この場所はまだ自分の来る場所ではないことを。 それに気づいて振り向くと、花でいっぱいだった場所から一変、そこは真っ暗な世界に変わっているのだ。 ハッとして逃げようとするが、恐怖のせいか足が竦んで一歩も動けなくなる。 そうこうしているうちに、それまで花の咲き乱れていた地面が溶け崩れ升麻は足を取られてしまう。 「行きたくない!」 升麻は誰かに向かって必死に訴える。 ここにずっと居たいのに。 この穏やかな世界でずっと生きていたいのに。 楽園のような世界に手を伸ばすが、その光景もたちまち闇に包まれていく。 そうして升麻は為すすべもないまま、泥のような深い闇にずぶずぶと沈められていくのだった。
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