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第18話
その後、何かを察知して駆け込んできた男衆によって舛花は瞬く間に部屋を追い出された。
「本日はお部屋へお戻り下さい」
ぴしゃりと閉じられた扉の前で舛花は呆然とする。
目の奥には升麻の苦しげな表情がずっと残っていた。
「まさか…俺のせい…じゃ、ない…よな?」
舛花は呟いた。
連日の嫌がらせがストレスになって具合が悪くなったのだとしたら、自分のせいであることは否めない。
升麻が未経験であること揶揄い、厳しいことを口にした。
自分が升麻の教育係から解放されたいがために…
胸のどこかがチクリと傷む。
だが舛花はすぐに心の中で否定した。
こんなことくらいで体調を崩すなんて甘ったれている。
舛花の嫌がらせなんて世の中の厳しさに比べたら可愛いものだ。
この淫花廓という場所で暮らしていくためには、体力面でも精神面でも強くなければならない。
もしもここで升麻が脱落したとしても、それはそれで仕方のないこと。
世の中には向き不向きがあるということだ。
だがやはり心のどこかを小さな針がチクチクと刺してくるようだった。
あの華奢な体躯で嫌がらせにも屈しず立ち向かってきた升麻の強い眼差しが胸の奥に焼きついて離れない。
あんなもやしみたいな男どうなろうと知ったことではないと思いながらも、気になって仕方がないのだ。
もやもやとした気持ちを抱えたままそのまま二日が過ぎた。
男衆は一向に迎えに来る気配がない。
それどころか楼主からの指示もなく、見世に戻ることもできない舛花はどうにも落ち着かない気持ちの中で苛々を募らせていた。
体調を崩した升麻があれからどうなったのか一報くらい寄越してくれたっていいのに、全く一切何の連絡もないからだ。
舛花の予想では升麻はもうここにはいない方が高かったが、なぜかそんな予想にまで腹が立っていた。
「僕の覚悟はあなたみたいな人に簡単に崩されたりはしない」
ムカつくほど生意気な口をきいてきたあの升麻がそう簡単に挫けるわけがない。
もう一人の自分がしきりに庇護しようとしてくるからだ。
全く違う意見を言う自分に挟まれて、頭の中はずっとごちゃごちゃとしていた。
「暇ならエッチしよ。こっそりすればバレないから」
何度か|菖蒲《あやめ》に誘われていたが、そんな気分にもなれず断っていた。
いつもだったら例え謹慎中であろうと喜んで腰を降っていたのに。
「全くこんなの俺っぽくない…」
皆が寝静まっている昼中、舛花は一人中庭で頭を抱えていた。
空は驚くほど快晴で澄み切っているというのに、舛花の心中は一向に晴れる気配がない。
それどころか、考えれば考えるほど沼にハマっていくようだった。
と、その時、嫌な考えが頭を過ぎった。
「まさか…死んだりしてないよな?」
呟いた自分の言葉に、変な汗が噴き出し背中を伝っていく。
男衆や楼主が連絡を寄越さない理由。
それはもしかしたら升麻があのまま…
そう思った舛花はいてもたってもいられなくなった。
何かに急き立てらるように立ち上がると蜂巣のある方へと向かう。
とにかく升麻がまだあの蜂巣にいるのかそれとももういないのか、それだけでも確かめないと気が済まない。
「くそっ…一生寝覚めが悪いなんてごめんだからな」
舛花は呟くと駆け出していた。
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