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第17話
きっちりと上まで止められていたボタンを一つ、二つと外す。
すると、ほっそりとした首筋が現れた。
日に焼けたことなどなさそうな滑らかな白い肌。
浮いた鎖骨。
華奢だとは思っていたが、改めてその細さに驚く。
簡単に折れそう…
升麻の首筋を見つめていた舛花はふとそんなことを思った。
誰にも触れられたことない身体…セックスを知らない身体。
これまで舛花は数えきれない人間と身体を重ねてきた。
この淫花廓に入る前からだ。
しかし、これまで誰とも寝たことのない無垢な身体に触れたことは一度もない。
不思議な感覚だった。
まるで何か特別なものを前にしているような気分。
いや、得体の知れないものを前にした気分だ。
舛花は人を抱く時、いつも頭の中でセックスの流れを組み立てる。
まずどういうタイプ大体大まかに分ける。
前戯が好きか、それともすぐに突っ込まれるのが好きか。
ちょっと強引なのが好きか、スローペースが好きか。
舛花は長年の経験から、最初のファーストタッチと雰囲気で、その人間がどういうタイプのセックスが好みが瞬時にわかるのだ。
しかし、この升麻を前にすると全く何も浮かばない。
どんなセックスが好みか、どんな風に触ったら喜ぶとか、イメージが何一つ浮かばないのだ。
処女で童貞というのももちろんあるだろうが、それにしても淫靡な行為というものから随分遠い所にいるような気がしてならない。
抱きしめただけで硝子のように砕けていなくなってしまいそうな…
脆くて儚い存在。
けれど必死に何かを繋ぎ止めようとしている。
その時、舛花の脳裏にあるシーンが過ぎった。
大量のゴミで埋め尽くされた床の上。
薄汚れた幼い子どもに浴びせられる罵声と怒号。
子どもは唇を噛みしめると、小さな体を抱えながらじっと堪えている。
泣くと叩かれるから、もっと怒られるから。
泣くのを我慢していたら…明日になったら…きっと、きっと優しくしてもらえる。
そう思って、そう信じて、子どもは必死に堪えているのだ。
「っち…」
舛花は暗い記憶を振り払うように舌打ちをした。
「やっぱお前みたいな骨、抱く気になんないわ」
升麻から離れると背中を向け、再びガシガシと頭を掻く。
「とにかく俺はお前みたいな奴につきあってる暇はないわけ。せめてどっかの風俗で一回でもいいから経験して出直してこいよ」
「そんな…暇ないって、言ってるじゃ…ない…ですか」
舛花の言葉に、升麻が言い返してくる。
だが先ほどのような威勢がない。
舛花は違和感を感じて振り返った。
さっきまで襖に背中をつけて立っていたはずの升麻がいない。
「おい…!」
升麻は床に座り込んでいた。
シャツの胸元を掴むと、血の気の引いた顔を歪めている。
薄く開いた唇は短い呼吸を繰り返し、明らかに異常があることを表わしていた。
「どうしたんだよ」
舛花は慌てて駆け寄った。
だがこう言う時どうしたらいいか対処が全くわからない。
とりあえず体を支えてやろうと手を伸ばす。
だがその手はたちまち弾かれてしまった。
「…触らないで…っ、平気です…少し…めまいがした…だけですから」
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