「だからってなんであんたが…」 「俺はもう表舞台から去った人間だ。裏方の仕事をして当然だろ」 彼の理由は尤もなものだった。 少し前にゆうずい邸の現役を退いた紅鳶は、現在は次期楼主として楼主の元で修行をしていると聞いている。 その紅鳶が裏方の仕事、例えば新人や見習いの男娼の教育をするということは合理的だと思うし、文句のつけどころなどない。 だが、わかっていても紅鳶が升麻の教育係になる事がどうしても胸を騒つかせて仕方がないのだ。 確かに表舞台には一切顔を出すことはなくなった。 だが圧倒的なオーラや存在感は未だ衰えることなく健在している。 同じゆうずい邸の男娼の中には紅鳶の仕草や立ち振る舞いに憧れているものも少なくない。 つまり、紅鳶はそれほど魅力的な男なのだ。 そんな紅鳶が経験の浅い男に手取り足取り教育を施す。 たとえ紅鳶にその気はなくても、もしかしたら升麻の心が傾いてしまうかもしれない。 舛花は唇を噛むと紅鳶に押し倒されたままの升麻を見つめた。 自分が抱く苛立ちと焦燥がなんなのかわからないが、今すぐ飛んでいって引き離したい衝動は変わらない。 「伝言を聞いてなかったのか？お前は今日から通常業務に戻れ」 部屋に突っ立ったままの舛花を不審に思ったのか、紅鳶の眉間に皺が刻まれる。 「でも…」 舛花は何と言っていいかわからず言葉を濁した。 升麻の教育係を続行したい。 そう言えばいいだけなのだが、なぜかと訊かれたら返答に困る。 なんとなく嫌だからというのは理由にならないし、かと言って升麻の秘密を暴露するわけにもいかない。 「なんだ？何か問題でもあるのか」 「いや…そのっ…」 「だったら戻れ。客を待たせるな」 もたもたする舛花の態度に呆れた表情をすると、紅鳶は升麻へと視線を戻した。 「体重は深くかけすぎず、だが支配されているという感覚はしっかり与えるんだ。たとえば両手を顔の横に置く」 舛花の前で先ほどの続きが再開される。 紅鳶は言葉通り升麻の顔の横に両手をついた。 「重いか？」 無意識なのだろうが、そう訊ねる紅鳶の声色は低く腰に響くような甘さを孕んでいる。 これはあくまで研修であり、決して真剣に相手をしているわけではない。 頭のどこかではちゃんとわかっているのに、目の前の光景に苛立ちが募っていく。