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第30話

「復帰おめでとう!って事で俺は部屋に戻るよ、菖蒲も気になるし」 ベッドの上で微動だにしない舛花を横目に苺はスクッと立ち上がる。 「じゃあね」 そう言って目の前を横切ろうとする苺の腕を、引き留めていた。 「…ちょっと頼みがある」 「くそっ、くそっ…」 舛花は廊下を足早に進みながら舌打ちを繰り返していた。 向かう先は決まっている。 昨日まで通っていた升麻のいる蜂巣だ。 本来なら見世に戻り、快楽を感じるだけの気楽な時間を過ごしているはずだった。   だが突然研修終了を告げられ、はいそうですかと簡単に気持ちを切り替える事がどうしてもできなかった。 それは昨夜自らしてしまった口づけのせいでもあるが… それ以上に升麻の体調の事や胸の術痕の事が気にかかって仕方がなかった。 あれだけ必死に隠そうとしていたのだ。 もしまた別の人間にバレてしまったら…バレてしまうかもしれない状況になったら、升麻は再び体調を崩してしまうかもしれない。 そして最悪淫花廓を追い出されるかも。 以前楼主はそんな簡単に見捨てはしないと升麻に言ったが、正直確信は持てない。 まだ金も稼げない見習い男娼などいてもいなくても特に問題はないからだ。 そうなったら舛花はもう力になってやる事ができない。 そばにいて慰めることも… 「せっかくいい調子で色々覚えてきてるのに…くそっ…」 舛花はぶつぶつと呟きながら升麻のいる蜂巣の前までやってきた。 ここに来たからといって何をしたいのか自分でもよくわかっていなかった。 状況が変わるとも思えない。 だがどうしても会わずにはいられなかった。 正に衝動的と言っていい行動だ。 「升麻、いるか?入るぞ」 一応扉の前で声をかけたが返事を待つことはできずそのままずかずかと部屋に入る。 いつも升麻と時間を過ごす部屋の扉を開けたその時… 「違う、こうだ」 低い声とともにドサリ、と音がした。 ベッドに重なる二つの体。 シーツに押し倒されている華奢な体は間違いなく升麻だ。 その升麻を組み敷いている男には見覚えがあった。 ある赤みがかった鳶色の長髪。 彫りの深い彫刻像のような顔。 鍛え抜かれた逞しい体。 圧倒的な存在感。 ゆうずい邸の元一番手、|紅鳶《べにとび》だ。 「ま、…舛花?」 舛花の気配に気づいた升麻が驚いた表情でこちらを見てきた。 「舛花?こんなところで何をしている」 それに気づいた紅鳶もこちらに視線を送ってくる。 落ち着いた声色だが、その眼差しはまるでナイフのように鋭い。 楼主とはまた違う威圧感な眼光に舛花は一瞬怯んだ。 だが、升麻を組み敷いているという状況に恐怖心より怒りの方が勝った。 「…っ、あんたこそ…何してんだ」 奥歯をギリギリと噛み締めながら、舛花は紅鳶に訊ねた。 怒りのあまり敬語が飛んでいる。 体の横で握った爪先が手のひらに食い込む痛覚で辛うじて理性を保っているといった感じだ。 「研修だ」 紅鳶は平然とした口調で答えた。 「は?」 「お前の仕事を俺が引き継いだ」

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