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第29話

微妙な舛花の態度に、苺の目がキラリと光る。 「もしかして特別な子でもできた?」 舛花は思わず息を呑んだ。 そんなこと絶対にあり得ない。 あり得るはずがない。 いつもならそんな言葉に一ミリも心が乱されることはないのに。 しかし、なぜだかその突拍子もない苺の言葉に自分でも驚くくらい動揺してしまっていた。 「は…はぁ?知ってるだろ?俺は特定の相手は決めないって決めてるんだ」 「そうそう、そうだよね。舛花はセックス大好きマンで、ヤれるなら誰でもいいし、どこでだってヤるってのがもっとーだもんね?でもさ、あれだけセックスセックス言ってた人間がいきなり菖蒲の誘いを断って何日も性欲を我慢できるようになるなんておかしいじゃん?」 妙に食い下がってくる苺を舛花はジロリと睨みつけた。 「元々俺たちゆうずい邸の男娼は性欲のコントロールができるように訓練されてるだろ」 「見世には出れてないってことは客じゃないんだよね?ってことは今舛花の身近にいる人間ってことかぁ…」 舛花の言葉を無視して苺が憶測を呟く。 その時、脳裏に例の男の姿がチラついた。 色素の薄い髪が、小窓から入ってくる風にサラサラと揺れる。 髪の隙間から見えるのは今にも消えてしまいそうな薄い輪郭。 その中にこぢんまりと配列された目や鼻や口。 初めは青白くて病的に見えた肌も、よく見ると透明感があってまるで陶器のよう。 経験不足のせいか今は地味で華やかさに欠けるが、きっと磨けば光るはず… だがすぐにハッとして、頭からその影を振り払うように声を荒げた。 「んなことあるわけないだろ?!」 「ふ〜ん…。じゃあこれは《《朗報》》ってことでいいのかな?」 舛花の睨みや怒号に少しも臆さず、苺はニヤついた笑みのまま舛花の座るベッドの横に腰掛けた。 「楼主からの伝言。今晩から見世に戻っていい、だってさ」 「…え?」 苺の言葉にそれまでの事が一気に頭から吹き飛んでいく。 「なんで…いきなり…」 「さぁ?舛花が真面目に罰を受けて、大好きなセックスも我慢できてたからじゃない?まぁそもそも舛花は指名も多い方だし、いつまでも金蔓を引っこませておく気はなかったんだと思うよ、あの楼主のことだから」 本来の舛花なら、ここで喜んでいるはずだ。 日陰にいる事は苦痛だったし、何よりまたあのセックス三昧な気楽な生活に戻れるのだから。 しかし、おかしなことに嬉しいと思う気持ちが全く湧いてこない。 「升麻はどうなるんだ…」 「しょうま?誰それ?」 苺が首を傾げる。 「今俺が見てる男娼見習いで…」 「さぁ?誰か別の人が引き継ぐんじゃない?男衆とか」 「そうか…そう、だよな」 舛花は呟くと足元を見つめた。 そうだ、よく考えたら男娼の舛花がいつまでも升麻の教育係でいるはずがない。 教育係は本来なら男衆の仕事で、舛花は「罰」としてやっていたのだから。 それに楼主は特に期間など設けず「しばらく」と言っていた。 苺の言う通り、舛花が罰を受け入れ升麻の教育係を努める姿を見て見世に戻ってもいいと判断を下したのだ。 だが、なぜか心の中は晴れずにいる。 もやもやとした何かが、舛花の気持ちを曇らせていくようだった。

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