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第28話
すると、突然扉が開き誰かがズカズカと入ってくる足音がした。
「やっぱりここだったか…」
ベッド脇から見下ろす影が舛花と菖蒲に向かって呆れた声を上げる。
見上げると、そこには菖蒲と瓜二つの顔をした男が立っていた。
菖蒲の双子の兄弟の苺だ。
苺は舌打ちをすると、菖蒲の首根っこを掴んで引っ張った。
「これ以上問題起こすなって言ってるだろ、馬鹿菖蒲!ほら、帰るぞ。もうすぐ仕事の時間だろ」
途端、舛花からマウントを奪っていた菖蒲がぐずぐずと鼻を鳴らしはじめる。
「苺…っ、舛花が菖蒲のことキライになっちゃったって…」
ギョッとして菖蒲の方へ視線を向けると、長い睫毛に縁取られた少し垂れ気味の瞳から大粒の涙が零れ落ちるのが見えた。
同じ性別なのだが、その見た目のせいか泣かせたという罪悪感が押し寄せてくる。
「ちょ、ちょっと待って!キライとか言ってないだろ!?」
「だってもう来るなって言ったもん」
「来るなとは言ったけどキライとは一言も言ってない」
舛花の言い訳に、菖蒲の濡れた目がジッと見つめてきた。
あぁ、嫌な予感がする。
舛花は思った。
セックス好きのプレイボーイが辿る末路。
それは大体決まってこのセリフが出てきた瞬間に起こる。
「じゃあ、好き?菖蒲が一番好き?」
予想通りのセリフに舛花はがピクリと眉を顰めた。
それまで煌々と輝いていたものがたちまち光を失い、暗闇に包まれる。
どうしていつもみんな同じ事を言ってくるんだ?
舛花は心の中で舌打ちをした。
肉体関係というやんわりした繋がりだけでじゅうぶんなのに、人は何度か交わるだけでそれを愛や恋に変換したがる。
こっちは、はなからそんな気はないのに少し関係が続くと「あなたも私を好きだと思っていた」とか「私だけ好きになって」などと言ってくるその神経がいまいち理解できない。
特別な関係。
そんなもの、世界一要らないものなのに。
「はいはい、とりあえず菖蒲は部屋戻って支度してろ」
舛花の沈黙に気付いたのか、苺は慣れた手つきで菖蒲を部屋から追い出した。
扉が閉まったのを確認すると、苺は何やら意味深な笑みを浮かべながら舛花の方を振り向いた。
「毎度ながらうちの兄のお行儀が悪くてごめんね〜」
てっきり|菖蒲《兄弟》を泣かしたことを咎めてくるものだと思っていた舛花は、苺のいつもと変わらない軽快な口調に拍子抜けする。
「別に。でももう俺んとこ来ないでってはっきり言ったから」
キッパリとした舛花の言葉に苺は特に何も言わずニコリと微笑んだ。
「しっかし驚いた。見世に出れてないから結構たまってるもんだと思ってたんだけど、本当に菖蒲の誘いに乗ってないんだね」
「ん〜〜…まぁ」
また昨夜の出来事がよみがえってきて、舛花は言葉を濁しながら答えた。
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