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第1話

親友のαが運命の番と出会った。 「……え、まじか…!おめでとう!」 「うん。ありがとな。」  親友の暁飛翔(あかつきつばさ)は、はにかみながら頭を下げた。その隣でふわふわと綿毛のような柔らかい雰囲気を纏った背の小さな女性が優しく微笑んでいる。 (ああ、すごく綺麗な女性だ。)  Ωは容姿端麗な人が多いと聞くが、目の前の女性も例外ではなくβの俺でも見惚れてしまう美しさだった。淡雪のような真っ白の肌に、ぱっちりとした瞳に長い睫毛、ぷっくりと艶やかな薄紅色の唇、天使の輪が見える小麦色の髪の毛。 (俺なんかが叶うはずもない。)  奥の方からせり上がってきそうになる涙を必死で堪え、決して悟られないよう、これからも親友としてのポジションを守るために満面の笑みの仮面を被って祝辞を送った。 ✳︎ ✳︎ ✳︎  俺の名前は松元雪雄(まつもとゆきお)。平凡な名前の通り、中流階級のβの両親から生まれ、中学の時にバース性はβだと判断された。容姿は犬毛のような硬めの黒髪に焦茶色の瞳、175㎝の身長に太ってはいないが鍛えられていない、ふにふにとした身体。群衆に紛れたら見つけることは困難な程、平凡という文字が似合う男として生きてきた。  唯一俺の特徴を挙げるとすれば、ゲイであることだ。ゲイだと自覚したのは高校の時。きっかけは仲の良かった同級生が女子と付き合ったことだった。付き合い始めた2人を見て、苛々して突っかかり嫌味を言ったり、距離を置くなどの行動を無意識にしてしまっていた。それが嫉妬みたいだと揶揄されたことが自覚するきっかけになったのである。 ヘテロだった友人には気持ちを伝えることも出来ず、友人として付き合って高校時代を過ごし、別々の大学に入った後は、恋心を忘れようと勉強、遊び、バイト、睡眠で日々を埋め尽くし、考える暇もない生活を送っていた。  そんな時、大学の授業でたまたま隣の席になったのが飛翔だった。柔らかそうな茶髪に焦茶色の瞳、身長は俺よりやや高いぐらいで、第一印象は俺と同じようにβに見えたが、成績、運動神経は共に非凡であり、それはαであることを証明していた。αは才能に溢れるが故に、近寄りがたいイメージがあったが、飛翔は人に壁を感じさせない接し方で、峻険さは全くなく、いつも周りには人が集まった。  沢山の友達の中でも妙に馬が合った俺たちはいつも一緒にいるようになり、お互いに大切な存在になった。話をして、行動して、沢山の時間を共有することで飛翔は俺を親友として、俺は密かに想いを寄せる片想いの人として付き合うようになった。 バイである飛翔にゲイであることは暴露したが、その反応は恋愛対象として意識するわけでもなく、ただ友人として恋を応援するスタンスで、その反応に俺は勝手に傷ついてた。  わかっているのだ。αがβと一緒になることは無いに等しいことを。αの相手はαかΩであり、βは恋愛対象として認知されない存在であることを。それはバース性が認知されてからは常識の事であり、αを本気で好きになるのは只の馬鹿だとわかってた。  自覚もあり、更に脈がないとわかっている為、想いは伝えられないまま、大学4年になった。そして渋々、就職活動を頑張るかと意気込んでた矢先に、冒頭での出来事があったのだ。  親友と別れた後、俺は吐気のようにせり上がってきそうな気持ちを吐き出す為、人気の少ない場所を目指して歩いていく。 「ええーっ!βの私達が変わっちゃうの?それやばいね!」 「でも毎日だよ?αとΩだってそんな盛ってしないでしょ。フェロモンないのに、どんだけ愛されてんのって感じだし。」 「確かに現実的じゃないよねー。まさに都市伝説って感じ。βは夢だけ見てなよ?みたいな?」 「あはははっ、現実つらーい!」 大きな声で楽しそうに話している女性2人の甲高い声が耳に反響して騒がしく感じる。『βは夢だけ見てな?』その言葉が今の俺には深く刺さり、女性の近くを俯いたまま横切って、人が来ない場所である第6棟の裏側にあるベンチに座り顔を手で覆った。 「……っふ、……ううぅ」  ダムが決壊したように涙が溢れ、頬を濡らしていく。わかっていた。覚悟していた。この気持ちが報われないことも。いつか相手が現れて、俺の元から離れていくことも。どうにもならない、どうする事もできないことはわかっていた。でも、こんなに早く訪れなくていいじゃないか、と身勝手な怒りが出てきて、唸りながら手の平を濡らしていく。  大学卒業後の6月に飛翔は結婚式を挙げるらしい。ジューンブライドなんて結婚式場の企業連略で、いつ雨が降るかわからない不快な時期にわざわざする必要もないと思うが、嬉しそうな2人に茶々を入れる余裕は俺にはなかった。友人である俺も結婚式に参加してくれと頼まれ、勿論とすぐに返事をした。 (飛翔とあの女性との結婚式…。目の前で幸せを振りまかれ、誓いのキスを見るのか……)  想像だけで更に涙は溢れる。大丈夫。誰も見てない。ここにいるのは俺だけだ。心おおきなく涙を流し続ける。 「雪雄君どうしたの?」  どれぐらい泣いたかわからないが、いつの間にかベンチに座っている俺を覗き込むように、しゃがんでいる男が目の前にいた。太陽のような明るいストレートの金髪に、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳、そして屈んでもわかる長い手足。この整った顔は過去に何度か見たことがあるが名前は出てこない。 「……失恋。」  心にぽっかり空いた穴の所為で取り繕おうという気も起きず、涙は流したまま無感情の瞳で相手を視界に入れる。1人になりたくて此処を選んだけれど、泣いていたら何もかもどうでも良くなってきた。別に目の前の人物がいてもいなくてもいい。興味ない。涙と共に感情も外へ流れていったようで、無気力感だけが残る。 「ああ…、暁君のこと、好きだもんね。」 「………何で知ってんの?」  興味がなかった目の前の人物が、誰にも言っていない気持ちを知っていたことが不思議で、不気味で男に意識を少し向ける。 「俺、人の好意とか嫌悪とか沢山向けられるから、見てたらわかるんだ。暁君は気づいてないようだったけど。」 「…あっそう。」  俺の態度がわかりやすいのかと思ったが、男が相手が気持ちを読むのに長けていただけで、飛翔が気づいていないと聞いて安堵する。気持ちが露呈して親友としてのポジションがなくなったらダブルでキツい。立ち直れないと思う。 「…なあ。それ、飛翔には言わないでくれる?」 「飛翔?ああ、暁君か。いいよ。黙っておく。」 「ならいい。」  言わないという口約束のみだけれども、目の前の人物は約束を守ってくれると直感的に思った。飛翔への暴露する危険がなくなったので、再び興味をなくして一人で物思いに耽る。俺が視線を外しても目の前の男は微動だにせず居続けていた。 「ねぇ雪雄君、俺のこと知ってる?」  無視しようと黙秘していたが、間を置いて同じ質問を3回してきたので、俺は渋々口を開く。 「…顔は知ってる。」 「名前は?」 「………。」 「そっか。俺結構有名人だけどな…。」 「それは知ってる。名前は出てこないけど。」  同じ同級生で、入学式の時からすごく目立っていた男だった。モデル並みの容姿、首席を取る頭脳、高校では何かの種目(忘れた)で全国大会も行ったことがあると隣の席の奴が言ってた。『極上のα』なんて言葉も聞いたことがある。つまりは俺と関わることはない人物だ。俺は興味がない人の名前は覚えられないタチなので、有名人であっても答えることができなかった。 「:遊馬弓弦(あすまゆづる)だよ。弓弦って呼んで。」 「……ふーん、そっか。」  聞いた側から名前を、頭の中に沢山ある戸棚の、使用頻度の少ない場所へ無意識に移動させる。ざあっ、と風が吹き、木々の葉が揺れいつくか舞って地面に落ちていく。男が来て、気が逸れたせいか涙は止まり、頬の上で乾いてパリパリになった。 「ねぇ。」 「…いつまでいるの?」 「…ひどい。雪雄君連れないなぁ。」  酷いと言いつつも顔は笑顔だ。能面みたいに貼り付けた笑顔。さっきの飛翔と対峙した俺と被り、自分を見ているみたいで不快になる。涙も止まった。俺はここにいる意味はない。 「じゃあな。」 「ちょっと待って。」 「…なんだ。」 「俺が慰めてあげよっか?」 「……は?」 「暁君への気持ち、俺が忘れさせてあげるよ。」 「遠慮する。」  仲良くもないし、言動も全て上から目線で一緒にいたいと1ミリも思わなかった。慰めてあげる?その傲慢な態度からやり直してほしい。 「俺αだよ。」 「知ってる。」 「αとsexしたことある?」 「……なんなんだ。」 「αとsexしたことある?」 「……ねぇよ。」  この男は自分の質問に答えが返ってこないと、しつこく詰問してくるようで、顔見知り程度の仲で急に距離を縮められ不快で眉間に皺が寄る。 「αのペニスは興奮時、ノックが出来るの知ってる?」 ノックとは性交中にペニスが抜けないように、陰茎の根元が隆起し瘤のように膨らむことである。保健の授業でバース性それぞれの身体的特徴は教わるので、関心が薄い俺でも知っている周知の事実だ。 「…ああ。」 「俺とsexしたらさ、そのペニス味わえるよ。暁君も持ってるαのペニス。」 「………死ね。」 お前のペニスを飛翔のペニスと思ったらいいって事か?抱く奴には困らないような極上のαが憐れみで身代わりで抱いてあげるって事?…はっ、このクソみたいな提案に不快感を感じるが、内心期待してぐらついてしまった俺に対しても死ねと毒づく。 「俺とsexしよ?こんな釣れない対応されたの初めてなんだ。すごく雪雄君に興味がある。俺の部屋行こ?」 「行かねえよ。」 「雪雄君の穴にたっぷり注ぎたい。俺とsexしよ。」 「……その気持ち悪い能面みたいな笑顔で気持ち悪いこと言うのやめろ。」  俺の言葉に男はピタリと言葉が止まった。 ……まずい。しまった。調子乗ったかもしれない。変に突っかかってくるよくわからない奴だけど、人間の頂点に立つαだ。βの俺が色々言える立場ではなかったのだ。地雷を踏んだかもしれないと内心後悔し、男の顔をそろりと伺うと、能面のような笑顔の下に得体の知れない禍々しさを肌で感じ、ゾッと背筋に悪寒が走って喉から声にならない音が漏れる。 「俺とsexしよう。ね?」  固まってしまった俺の手を難なく捕らえて、引きずられるように静かな場所を後にする。歩く後ろ姿もスラリとしていて、身長も俺より頭半分は高い。後ろ姿すらイケメンだ。握られた手首を振りほどく事も出来ずについていく。 程なくして着いた男の家は、マンションの一室だった。

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