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第2話
いくらこっちが嫌がっていたって彼らはαに何も文句は言わない。
αには逆らわないという理はいつだって覆されることはないし、何より彼は美しい顔をした優秀なαなのだから。
家柄も成績も優秀でαなあの男は甲賀 進(こうが しん)という名前だ。
あいつはαであるくせに一般生徒が近寄ることを許されないΩ専用学級クラスまで毎日やってくる。彼のフェロモンはとても香りが良く、優秀なαの気配にΩたちは自然と惹き寄せられてしまう。そして、こたえるようにΩは色めきだち、フェロモンを毎度毎度芳せた。しかしΩ達のフェロモンに顔色一つ変えず毎日現れる彼。
そんな彼にΩのヒートでは流石にαである彼でも参るだろうと思われていたのだが、ヒートのΩフェロモンに一向にあてられることはなく(誰か試したらしい)、それがむしろΩ達の間で彼の株上げになってしまった。
優秀すぎて並大抵のΩのフェロモンになびかない甲賀 進。
そんな彼を虜にするΩは誰なのか。狭い檻の中ではヒソヒソとαとの夢物語が繰り広げられていた。
…そして、そんな夢物語を現実にしたΩが佐々木光(ささき ひかり)であった。ーーーのだが、彼にはΩという自分のバースを受け入れることが未だにできていなかった。特にヒートの時の性の吐き口を見つけねばならないという行為そのものが自分を卑下な人間に貶めているようで、彼は嫌で嫌で仕方なかった。
消極的な雰囲気を持つ彼は目を見つめられるのが苦手なようでいつも斜め下に顔を俯かせている。顔つきも派手ではなく静かで凡庸な印象を与え、一概に魅力のある人間とは言い難かった。しかし、甲賀進は決まって彼を呼び出す。彼に甘い言葉を囁き、美しい手で彼に触れる。愛しさでいっぱいに包み込む姿は光を本物の恋人のように連想させた。
なぜこんな自分に彼が執着するのか?そう問われても光自身説明できなかった。
「光、おはよ」
伸ばした前髪が目にかかりそうな男子は、窓から声をかけた男を見た。
「甲賀くんおはよう。また来たの?」
「うん、光に会いにね」
その甘い言葉に長い前髪の隙間から光は不信感で眉頭を寄せ合わしたが、甲賀は嬉しそうに微笑んだ。
美しいパーツで整えられた最高質な顔面に、サラサラと上質な金糸の髪。背も随分高くて、筋肉も程よくついた健康体な体つきをしていた。
(こんなに美しければ少しでも自分に自信がつくのだろうか)
一瞬そう思ったが、光は相変わらず甲賀の金の虎目石の瞳を直視することができない。
いくら外見や容姿を変えても結局自分自身は何も変わらないのだ。
あんな考えは捨て去ることにした。
「あ、そうそう光、隣町で花火大会やるの知ってる?」
「知ってるけど…」
「あそこの花火ちょうどうちから見えるんだよね!」
「へえ」
うちの家からは会場は遠いし、近所の家と重なって花火なんてよく見えない。相当いい家に住んでるんだろう。
相づちを一つ打って光は黙り込んだ。わずかな静寂が訪れて、じっとこちらを見ている甲賀に気まずさが生まれる。結局、光が先に口を開いた。
「なに」
「光、花火見たくない?」
「まあ、見れるなら見たいけど」
「ならうちに来ない?」
「……え?」
なにを言ってるのかわからなくて咄嗟に甲賀の方へ顔を上げてしまった。
こちらを向いていた甲賀の目とパチリとあってしまう。その瞬間光は自己嫌悪感いっぱいに包まれ、顔を背けようとした。しかし、甲賀の両手によって頰を持ちあげるように阻止されてしまった。
俺はせめてもと目を瞑って、彼の手の中でもがく。甲賀はそんな光を無視してそのまま告げる。
「ねえ、光来てよ」
「ま、待って。その前に顔離して」
「ならうち来てくれる?」
「甲賀く、おねがいっ」
「このままチューしちゃおうかなぁ」
「マジでやめて!」
甲賀は俺の抗議も聞かず鼻の先にチュッとリップ音を落とした。
俺はまたやられてしまった…と心臓が冷たくなっていく。
このあと来るクラスメイト達の暴言に耐えられるのか、光はそれだけが心配だった。
人気者を射止めたΩの末路は悲惨だ。同じバース同士でも狙う獲物は一緒で、αの前に立たされてしまえば皆が敵。邪魔者は存外に扱われ、孤立していく。
優秀なαの甲賀にスキンシップを受ける自分の様子が彼らにどう見えて、どう思われて、どう罵られるか………それは図りしれない。
光は一向に離さない甲賀にもう抗うのをやめた。目は開けないようにしてため息をつく。
クスクスとその様子に甲賀は笑うと、頰にもう一度キスを落とした。きつい視線が背中へと刺さっていくのがよくわかった。
「土曜の6時に駅集合ね」
光の耳元で艶しく囁いた悪魔はゆっくりと手を離した。
ご機嫌よく手を振って去っていく甲賀に光はまた眉をしかめた。
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