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第3話

αの約束を破れるΩがいたら誰か教えて欲しい。 もう9月の半ばだというのに暑さは過ぎず、光は濃淡の薄い青の半袖シャツに黒の薄生地のスキニーを履いて駅前に立っていた。 小柄な体をした光はスタイル良く見える格好を懸命に探したがスキニーしか見当たらず、こういう服装になってしまった。しかし男にしては華奢に見える自分は、無意識にΩだと主張しているようでどんなに体型を隠そうとしても無駄でしかなかった。 光が5分ほど駅の改札外で待っていると背の高い男があたりを優雅に見回してこちらに手を振った。顔が小さいのにバランスよくパーツが整えられている。隣で見ていた女性たちも甲賀の姿にすぐ頰を赤く染めた。 「光おまたせ」 近づいてきた甲賀が光を真正面から捉えた。 「うん…」 目線は斜め下をキープしたままややぶっきらぼうに返事する。 先ほどまで頰を染めていたお姉さんが突然「なにあの態度、失礼じゃない?」と連れの女性に言ってるのが聞こえて、ハッと甲賀の方へ顔を上げた。 おとぎ話の王子様のような顔がこちらを覗いている。だが甲賀は美しく微笑んだままなにも言わない。 こちらだけを見つめ続ける甲賀へ心地が悪くなる。結局俺はすぐ目線を下に追いやってしまった。 移動をしてる最中は特に気持ちが落ち込むようなことはなく、甲賀の住むマンションのエントランスへ足早と入った。 甲賀の部屋は最上階だった。 甲賀の言う隣町の花火が見えるという理由もよくわかる。ここ一体で1番の高層マンションの最上階では景色を遮るものなんて何一つない。隣町の花火なんてよく見えるどころか上から見下ろせてしまうぐらい高い位置に存在し、甲賀の家は高価な価値があると知らしめた。 外が見渡せる大きな窓の景色に少し驚きながら、光は甲賀へ持ってきた手土産を渡す。 俺が出かけることに対して浮かないような顔をした家族が、αの友達と言った瞬間、大きく変化したのは傑作ものだった。母なんか嬉々として手土産まで持たせてきた。いつもは外で他人に目に触れさすのさえ恥ずかしいと怒鳴るのに。 家族でもΩの価値はαを釣る道具でしかないんだ。 そんな気持ちを上書きするように光は機械的に口を動かした。 「せっかくお邪魔するからお菓子を。 あれ?ご家族は?」 「光、ありがとう。あとで一緒に食べよう。 家族は今グアム旅行中」 光の持ってきた茶菓子を甲賀はキッチンへ持っていく途中でそう答えた。 甲賀に促されて、光はおそるおそるリビングのソファへ腰掛けた。高級そうなソファだ。一般家庭で生まれたかつみすぼらしいΩには到底触れるとの機会がないであろう代物だ。 「光、紅茶とコーヒーどっちがいい?」 「こ、コーヒー!」 突然の問いに慌てて大きく答えて光はソファの上で縮こまる。お腹に回した手が小さいポシェットに当たった。 そうだ、この中には避妊用のピルとコンドームがある。もしものために光は常備しているのだ。もしも、のために。 気を抜いてはいけないが、俺はΩで彼はα。自分の身は自分で守らなければならない。 光はポシェットを強く握った。 甲賀の持ってきた、コーヒーが入った白のマグカップに口をつける。ほんとはコーヒーなんて嫌いだが、びっくりして咄嗟にそう答えてしまった。 少しずつ口に含んでゆっくりと飲む。 甲賀はその様子を笑みを浮かべて眺めていた。 相変わらず目線は逸らしたまま、しかし甲賀の目線に居心地悪くて言う。 「甲賀くん、飲まないの…」 「うん、あとでゆっくり頂くよ」 まるで俺の動きを一つも逃さないようにじっと観察している。一向に手を動かさそうとしない甲賀に気持ち悪さを覚えて、立ち上がろうとした。 その瞬間だった。フラリと景色が傾いて、持っていたマグカップを落としてコーヒーをこぼしてしまう。それに気がつくが、足がなぜかうまく動かなくてそのままソファの前でしゃがみこんだ。 コーヒーがじわじわとフローリングの上で広がる様子に気に留めるが身体が言うこと聞かなくて、近寄った甲賀へ身体を委ねてしまう。 とてつもなく体がだるくて眠い…。 「甲賀く…」 「光、たっぷりおやすみ」 花火の打ち上がる音を聞けずに光は意識を手放した。

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