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アルファ(side α)

俺はどうやら不感症というやつだったらしい。 バースが明確になりつつある10の頃にはあの子から甘い香りがするとΩを言い当てた男子はαだった。 俺もその子と同様に希少価値が高いαだった。 甘い香り、興奮する。自分の種をぶちまけたい。 そんな表現よく聞いてはいたが、俺にはさっぱりわからなかった。 Ωに近寄っても何も香ってこないし、欲情どころかただか弱そうだと憐れみしか感じない。 『お前ほんとにαなの?』 中学のとき、ふと友人から言われたその言葉が甲賀のαのプライドを傷つけた。 Ωを見ても嗅いでも何も感じない俺は不感症とほかのα達に罵られた。Ωを見てもなんとも思わないなんてΩにとっては恥さらしだ、気づいてすらもらえないなんてあまりにも可哀想だ。Ωをたしなめたようで、遠回しに馬鹿にもされた。たまにαという俺につられてやってくる女性教師もいて、「なんとも感じないの?」と奇妙な目で睨まれたこともあった。 Ωに反応しない俺は周りから見くびられないよう、学業に集中することにした。たまたま品のいい顔を親から授けてもらった俺は成績に花がつけばあっという間に逆らったりケチをつけてくるやつはいなくなった。高校に入れば優秀すぎて並のΩにはなびかないと勝手な都合よい解釈までされて、それは俺にとって大変都合がよかった。 Ωがたくさんいればさすがに何か刺激を受けるだろうとΩ専用の学級クラスへ数日ほど通ってみた。しかし、結局何も感じない自分に対して俺は呆れた。 いつの間にか習慣化してしまったΩクラスの訪問に向かう途中だった。甘い心地の良い香りが突然風に乗って匂った。こんないい香り嗅いだことない。導かれるように歩いていくといつのまにか行き先だったΩ達がいる教室の前にいた。濃い芳しい香りが窓から漏れている。そっと匂いを嗅ぎ分けるように窓へ近づくと、下を俯いた貧相な少年が窓の近くで座っていた。後から聞いた話だがヒート中だった彼は1週間半ほど学校を休んでおりたまたま俺と遭遇していなかったらしい。このとき俺はΩの彼と初めて出会った。 下を俯いたままの少年はこちらに気づいていないのか教科書をぼうっと眺めていた。 甲賀は身体が勝手に興奮しはじめ、制御できないほどのフェロモンを放出する。少年は突然香ったそれにきづいて肩を揺らした。周りもそれは一緒でαへ応対するようにΩ達からムワッとなにか空気の圧を感じたが、それは湿気のような不快さを与えた。一方、いい香りのする彼は俺のフェロモンに驚いて、きょどった様子で慌てて窓の席から逃げ出してしまったが、残り香はやはり甘かった。 それからは毎日飽きもせず彼を見ようと教室へ訪れた。甘い香りは俺を心底幸福に満ちさせ、身体の細い線に手が伸びてしまうのはコントロールできない。思わず抱きしめてしまうこともしばしばあった。それに対して甘い香りのΩは動揺するものの激しく拒みはしなかった。 しかし、そうしているうちに一つ不満が生まれた。彼はいつも下を向いてこちらを見ようとしないのだ。こちらがどこか別の方へ向いてるときは長い前髪の隙間から俺の顔を伺っているようだが、直接見ようとすると拒まれる。たまに前髪の隙間から細い眉と藍色の暗い瞳孔が揺れているのを知っているが、いつも一瞬で見えなくなってしまう。 やっとαとしての自覚を植えつけさせてくれたΩ。しかし、彼に拒絶されることはとても腹がたって仕方ない。 αとΩは番になるために生を受けたのだろう? なぜΩのお前がαの俺を拒むことがある? 彼の怯えた瞳の理由を俺は理解できなかった。 彼は非常に他人からの評価を気にしていたと思う。俺が声をかければ周りの生徒たちにまずは注意を払った。俺が触れると、聞こえてきた嫉妬からの野次に過敏に反応してその通りに従った。もしかしたらそんなことを気にしていたからなのかもしれないが、そんなこと享受するほどアイツらは調子に乗って行くだけだ。だから、Ωの彼の代わりに余計なことを言ったやつを俺がシメといてやった。 ふとある時、優しくするから彼は恥ずかしがって顔を見れないかもしれないと考えが浮かんだ。 俺はそれから半ば強引にスキンシップや目を合わすことを強要した。しかし、彼は相変わらず周りの目を激しく気にし、決して俺に瞳を許すことをしなかった。いい加減俺は焦っていた。 どうして俺を受け入れてくれないのか。唯一俺が受け入れられたのはキミだけなのに。キミが受け入れてくれなくては俺は何のためにαとして生きている? 『αは自分勝手と聞いたことがあるが、それは嘘だ。とてもαは寂しがり屋なんだ、特に唯一である自分のΩの前では』 αだけが利用することのできるΩの愛玩ショップに来たα達は、その言葉に口々に同意した。 彼と出会ってからそういう事にも興味を抱き始めた俺は初めてこの店に足を運んだ。そこでは悩みを抱いたαがたくさんいることに驚き、この店へ訪れたことをとても感謝した。 (そうか、皆そうだったのか) 激しい執着も嫉妬も愛しさも「彼」だから。 「彼」がΩだったから。 α達がΩを閉じ込めるためだけの道具を購入していくのを見たときやっと確信に変わった。 俺がαで生まれ、君がΩで生まれた。 それはもう運命としか言いようがない。 光に受け入れられて初めて俺は『α』となる。 光の膣はとても暖かく俺を受け入れて、たまに離れていかないでとキツく締め付けた。 Ωを求め、受け入られることのよろこび。 光の内側へ自分の性を何度も解き放った。 光の持ってきたポシェットの中に避妊道具があるのは知っている。しかし、俺はあれを使う必要はないと考えている。 光は俺の唯一のΩだ。俺の子を孕むことに何も問題はないだろう。 子が生まれれば2人を養っていくために俺は今以上に努力するし、親の金だっていくらでもある。生活なんて困る余裕すらないさ。未来はきちんと保証されたもとに、光の永遠を頂くのだ。 光と繋がったまま腰を動かしながら、鎖のついた首輪がとても邪魔だなと思った。 でも、まだ大丈夫。今日のところはこのまま光の全てを感じよう。 どうせこれから彼は俺と永遠をともに過ごすのだから、今うなじに跡をつけなくともずっと一緒だ。

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