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殺したのは「 」

部屋の棚に並べられていた缶コーヒーの付録の玩具を手に取った。これは彼と集めたものだ。なぜだかこのブサイクな猫をよく引いてしまい、逆に愛着が湧くね、なんて嬉しそうに笑ったアイツの手にも、ブサイクな猫のキーホルダーが一つ。 手に取ったブサイクな猫は、いつ見てもブサイクで思わず睨みつけてしまった。その瞬間、ころりと手から落ちてしまう。もしかしたら、猫に俺の気持ちが伝わってしまったのかもしれない。 床に落ちた猫を拾い上げると、猫の置物本体と台座が外れており、あれこれって外れるようになってるんだ、と初めて知った。すると、猫の置物の中に銀色の何かが入っていた。 …これって… そこには、シルバーリングが一つ。内側には、 『R.W』 和田 零、それは俺の番の名だ。俺はその場で立ち尽くした。 *** 「来ると思っていたわ、どうぞ、中に入って頂戴」 和田の屋敷へと足を踏み入れる。そこで待っていたのは、俺と同世代のとても美しい女性だった。俺は戸惑いながらも彼女の跡についていく。かなり広い屋敷を進んでいき、通された部屋に入る。この部屋もまた、とても広かった。 「突然だけれど、私は零さんの許嫁です。いえ、だったの方が正しいかしら。」 彼には許嫁がいたのか、そんなことも知らなかった。美しく綺麗な栗毛を靡かせて歩く彼女は、彼の家を知り尽くしているようで、客間まで案内した後に、紅茶を用意し始めた。 「わかるでしょ?私はαよ、家が決めた結婚相手、それでも私は零さんが好きだったわ。」 初めて知ったその事実に、俺は声が出てこなかった。なんでここに来てしまったんだろう、目の前に現実を突きつけられて元々粉々だったものがさらに粉砕されていく。 「あなたに見てもらいたいものがあるの」 突如として渡された手紙に戸惑っていると、顎で早く読め、と指示される。綺麗な人は、圧がある。怒らせたくはないので、素直に封筒を開いた。 『春奈へ こんな手紙を書いてごめん、僕に残された時間はあともう少しだから、幼馴染の君に手紙を残すよ。 両親には言ってないけれど、僕には番がいる。彼の名前は月影 佐助と言うんだ。とても綺麗な名前だろう?彼は僕より二つ年上だ。外ではしっかりとしていて兄貴分のように振舞っているけど、実はそんなことはない。靴は脱ぎ散らかすし、洗濯物はためるし、深夜にアイス買ってきてってわがままばかりだ。』 …悪かったな、わがままで。長男の俺が気が抜けるのは、お前の前だけだったんだよ。 『そんな彼が愛おしくて、かわいらしくてたまらない。俺の番は本当によくできた人だ。それは俺が保証する。だから、俺が死んだ後は俺の変わりに、彼の様子を見にいってほしいんだ。たまにでいい。彼は、ギリギリまでため込む人だから、きっと僕が死んだらしばらくの間無理して笑って、電池が切れたようにパタリと倒れてしまうから。 君は俺の幼馴染だから、僕のことを結構知ってくれてると思うけれど、この長文を読んでくれないか。悪いね、これは僕の懺悔だ。 彼に会ったのは、丁度余命を宣告された時だった。 医者から、「もってあと一年ですね」って言われた日。覚えてるかな?僕が、自暴自棄になって、君という許嫁がいたのに、色んな女の子やΩ性の男をひっかけて君を随分と傷つけたね。 僕は、あの夜ドタキャンされて街をフラフラ歩いていたんだ。 そんな時現れたのが、彼だった。彼は、俺みたいにこの世に絶望していて、自分の目の前に横たわる運命が煩わしくてしょうがないようだった。 そんな彼が、綺麗で美しくて、どうせなら汚してしまおうと思って近づいたんだ。我ながら、腐っているなと思ったよ。君もそう思うだろ? でも、彼は最初から壊れてなんかいなかった。彼は、ずっとチャンスを伺ってたんだ、僕たちαをコケにしてやると、世界の決めた運命に抗う機会を、ずっと待っていたんだ。 僕は、彼がどうやって進んでいくのか見たかったんだ。僕には見ることができない、未来を。 だから、彼には言えなかった。最初に身体を重ねた時も、君と別れた時も、両親に伝えた時も、彼と番になった時も…俺があともう少しで死ぬ、その事実を言えなかったんだ。 あんなに、死にたかったのにカミサマは意地悪だね。 もっと早く出会っていれば、僕ももう少し長く生きれたのかもしれない。 彼に、こんなみっともないところは見せられないから、君にこうやって書くしかないんだ。 本当に、君には申し訳ないと思っている。これはもはや遺書ではないな。 あぁ  死にたくない こんなことなら、彼と旅行にもっと行けば良かった。彼の家にもっと押しかけて、料理を作ってあげれば良かった、彼ともっと早く会えてたら すぐ死ぬとわかっていたから、全てを諦めていたのに。 おかしな話だよな、彼を僕と同じところまで堕とそうとしたのに、逆に引き上げられてしまった。 長々と悪かった、君にお願いばかりして申し訳なかった。でもここまで来たら最後まで付き合ってくれないか。 この遺書に同封したものを彼に渡してほしいんだ。 あと、両親には伝えたけれど彼には僕の最期は伝えないでほしいんだ。お願いが多くてごめん。君の花嫁姿を見たかった。残念だよ。 最期まで生き抜くと誓うよ。 零』 「ねえ、ひどいでしょ?私に宛てたラブレターなはずなのに、愛を語るのは私に対してじゃないのよ?本当に悪魔だと思ったわ」 俺はもう涙をこらえられず、女の子の前でわんわん泣いていた。 なんだよ、なんだよそれ。俺に直接言ってくれよ、なんで、教えてくれんかったんだよ 膝から崩れ落ち、鼻水がたれ馬鹿みたいに目から水が出てくるのだ。 彼女から渡された手紙の中から、俺が持っていたシルバーリングと同じデザインの指輪が出てきた。 そこには 『S.T』 とあった。 彼女は困ったように笑って、紅茶をゆっくりと飲んでいる。わんわんと子供のように泣く俺を、なんとも言えない目で見つめていた。 「彼は確かに事故死よ、私がこの目で見たわ。でも、自殺なんかじゃない。 彼はあなたの家に向かう途中だったの…でも、頭痛でフラついて、車に轢かれた。それだけよ」 彼はこの世界という物語から自ら降りたわけではなかったのだ。 そう思うだけで、やっと収まり始めた涙がまたしても溢れだした。くそ、悔しいのだ。 人はいつ死ぬかわからない。いくら医者からあと一年しか持ちませんと言われたって、あと一年確実に生きられる保証もない。 しばらく、俺はその場で床に縋りながらわんわん泣いた。もう泣きまくった。声も出して子供みたいに哭いた。それを、零の幼馴染という彼女は、ひたすら俺を見つめていた。 帰り際、彼女はこういった。 「彼があなたに自分の葬式に呼ばなかったのは、優しさでも何でもないわ。彼のエゴよ。 あなたに自分を忘れさせないために、わざと呼ばなかった。これは女の勘だけれど」 彼女の目元は少し赤い。 それを聞いた佐助は、雲一つない空に向かって、ゆっくりと笑った。 「望むところだ」 彼女は、一つ溜息をついて屋敷に帰っていった。 「バカップルね」 安い缶コーヒーを開ける音が二つ、聞こえた気がする。

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