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人殺しの正体
気が付くと、もう夕方になっていて部屋に深い深いオレンジの光が差し込んでいた。カップラーメンはもうのびきっていて、あの男が飲んでいたはずの缶コーヒーは開いておらず、冷めきっている。
キッチンの方に歩いていくと、零がやってきた初日に俺が投げつけたコーヒーの染みが残っていた。
腰はズキズキと痛み、中に出された精子が俺の子宮にある感じがする。それなのに、彼のαのフェロモンはもう部屋になくて、もう二度と嗅げない彼の匂いに縋りついた。
もうそこにはなにもない、もうなにもない。
そう、あれはまるで夢のようで。
冷めきったカップラーメンは、全然、美味しくなかった。
***
零が死んだ。事故死だった。
しかし、自ら車に突っ込んでいったように見えた、という多数の目撃者の証言により自殺と判断された。
…その話を聞いたのは、彼の葬式から二週間後だった。
零は高校の時の部活の後輩だった。あの時のことを俺は今でも忘れない。Ωとして生きていながらも世間という怪物に殺されながら息をしていたあの時、俺の目の前に燦然として輝き、突然現れたα。大学生になり、紆余曲折を経て番になった俺達は同棲はせずともお互いの家を行ったり来たりしながら過ごしていた。互いの好きな映画を見て、終わったらセックスして、彼の胸の中で眠る。朝に起きたら、彼の寝顔を見つめて視線を感じたのか眠そうな瞳に俺を映した彼にキスをした。
彼は缶コーヒーが好きだった。一杯ずつ淹れたコーヒーよりもお気に入りのメーカーの缶コーヒーを深夜に二人で買いに行った。
俺は自分で淹れる方が好きで朝に起きてコーヒーを落としていると、「俺にも淹れて」と言うのだ。あの朝が好きだった。缶コーヒーの方が好きなんじゃないのって言うと、困ったように笑って、それとこれとは別って言うのだ。
どうして、
番契約は、αからしか解消することができない。つまり、俺はアイツ以外ともう番うことができないそれを周囲はかわいそうにと言う。
俺に連絡が無かったのは、彼の両親が俺と彼の関係を知らなかったのだ。
それもまたショックだった。俺を紹介するのが恥ずかしかったのだろうか。Ωだから。
零の両親はα同士で、優秀な血を生み出すために番った、と零は言っていた。でも、家を継ぐのは、俺じゃなくて弟が継ぐんだけどね、と彼はまたあの笑みを浮かべて言ったのだ。その理由を聞く資格が俺にあるとは思えなくて、深くは聞けなかったけれど。
きっとそういう家系だから、Ωと番ったなんてもしかしたら言えなかったのかもしれない。
もう二度とアイツが訪れることのないこの部屋は、暗く酷く狭いものに見えた。暖房を付けても寒くて、しようがない。
番がいない、という事実が受け止められないのに身体ばかりは立派なΩで、ホルモンバランスが崩れて体調を崩した。
シンクには荒いものが溜まり、洗濯すべき洋服も放置され、埃が溜まっている。
手に取った包丁で、薄くなりつつある番の証を自分で抉る。後ろだから、上手くいかない。
零みたいに、綺麗に証を、つけられない。
なんで、自殺したの、
番を置いて死ぬなんて、俺を一人にするなんて…そんなに俺のことを嫌いになったの
彼が死を選ぶなんて余程の理由があったのではないのか…
頭の中で勝手に彼が動いて、息をして、血がぬるりとながれて、落ちて、おちていく
気が付けば、心配してきてくれた唯一の肉親である弟の祐作がしばらく俺の世話をしてくれていた。本当に出来た弟だ。こんな兄で申し訳ない。
「佐助、こんなになる前に、次からは頼ってくれよ」
弟は困ったような顔をして笑う。その姿が零と被って枯れてしまった目からはなにもでないけれど、なにかがこぽり、と零れていった。
「俺たちは唯一の家族なんだから、わかったか?」
ゆっくりと頷いた俺の様子に満足したのか、祐作は帰っていった。
一人になった部屋で、包帯で隠されてしまった証へと手をのばす。痛い。
俺は我慢できず、狭い部屋から走り出した。そのまま、真っ赤な光へ、このまま彼のところへ行けたら良かったのに。
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