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道連れ

鳥籠の中で、モリーたちが歌っていた。  吊るされた鳥籠の中に金髪の少女が閉じ込められている。彼女は美しい声で寂しそうにアリアを歌のだ。それは、彼女の心の隙間を現した歌。ハムレットに父を殺されたオフィーリアのごとく、彼女の体は花で飾られ、称賛の眼差しが彼女には向けられていた。  美しいエドワルダ。彼女の歌はどうしてこうも悲しいのだろうか。逞しいエドワード。彼の眼はどうしてあんなにも寂しげなのだろうか。  だから、ロビンはそっと彼女に手を伸ばす。届かないと分かっていても、そんな彼女の心の隙間が気になって仕方がなかった。  男でも女でもない彼女は、日陰のモリーハウスでしか生きられない。  母に囚われているロビンは、母の優しさに逆らえない。  どこか似ている自分たちの孤独を、ロビンは彼女に寄り添うことで癒そうとしたのかもしれない。  だから、自分を囚らえていた母に牙を向くことが出来たのだ。エドワルダの存在が、彼を母という名の鎖から解き放ったのだ。  自分を襲ったロビンに、母は微笑みながら言った。 『みんな、一緒に逝けたら幸せだったのにね』  母に抗ったロビンは、その最後の最後でその母の言葉に囚われる。自分の愛する愛しい生き物を、どうしても道連れにしたくなったからだ。だからロビンは、エドワルダを襲った。  彼女を、自分と同じ地獄に連れて行きたかったから。 「まったく、君が自分の米神に銃を突きつけたときは、どうしてくれようかとイライラしたよ」  不機嫌なエドワルダの声がする。いつものように彼女の膝に頭を乗せているロビンは、彼女に殴られた頬にそっと手をあてていた。 「殺されかけた相手に膝枕をしてくれるなんて、君は本当に女神だよ」 「そうだね、これから君をどうしてくれようか考えてる。八つ裂きにしてやろうか、判事に突き出してタイバーン処刑場に送るか……」 「君への好意を僕はすべて失った訳か……」 「当たり前だろ。僕は、君に殺されかかったんだ。銃の弾道を読むのが遅かったら、確実に君に殺されてた」 「放たれた銃弾を避けるなんて、本当に君は人間離れしてるな」  ロビンの言葉を受けて、エドワルダの顔に苦笑が浮かぶ。彼女はそっと纏ったペチコートをただし、腫れたロビンの頬にふれた。 「僕を殺せなかったからって、死ぬことはないだろう」 「どうせ僕は処刑場に送られるんだ。君を連れていけなくても、僕の運命は変わらない。だったら、君の眼の前で死にたいよ。それか、君に殺されたい」  そっとロビンは、エドワルダの頬に手を添える。彼女に優しく微笑みかけると、エドワルダは乾いた笑みを顔に浮かべてみせた。 「君が、そこまで怪物だとは思わなかった」 「怪物? 僕が」 「普通、人間は死にたがったりなんてしない。自殺なんてしたら、それこそ地獄に落とされるからね。それに優しさを壊したいとか普通の人間は言わない……」 「モリーである君が、それを言う?」 「僕はモリーでも、感覚は君のそれより普通の人に近いと思っているよ」 「僕を毒で殺そうとしたくせに」 「あれは、君の勘違いだろう……」  呆れたエドワルダの声がなんだが心地がいい。彼女の腰に手を回し、ロビンはエドワルダの腹部に顔を埋めた。彼女の体温が心地よくて、眼が重たくなる。 「そっか、君の優しさには、見返りがないのか」 「優しくした覚えなんてないんだけど……」 「君は、僕を殺さなかった。それで十分だ……。生きたまま優しさに絞め殺されるよりよっぽどいい……」  「優しさに絞め殺されるね……」 「そう、僕の母は優しさに見返りを求める人だった。見返りがなきゃ愛されなかった。僕は僕ではなく姉さんとして愛されることしかできなかった。だから、あの人が憎かったんだ。僕を、僕として愛さない母さんが……」 「夫人は無事なのか?」  エドワルダの言葉が耳朶に突き刺さる。ロビンは笑いながら眼を開けていた。そっと顔を彼女に向けると、エドワルダは驚いた様子で美しい眼を見開いている。 「わかんない。君に渡された拳銃で撃って、家を跳びだしてきたから。夢中になって止血とかもしちゃったけど、召使に見つかって逃げてきちゃった。ああ、お気に入りのシャツが血まみれだよ。助けるんじゃなかった」  驚く彼女に笑ってやる。淡々と乾いた口調で母親の状況を説明すると、彼女はそうっとだけ言って顔を逸らしてきた。 「ミス・レッドに確認してもらうよ。死んでても死んでなくても、こっちとしては問題だからね」 「やっぱり、僕のせいでジョン・フィールディングが動くかな?」 「君の所属していた、風紀改善協会にしても僥倖だろうね。君と駒鳥亭との繋がりは実に危うい。その君が殺人未遂を犯したとなれば、そのとばっちりもこちらに向いてくるだろうさ」 「僕がニューゲイト監獄に収監されれば、すべて丸く収まる?」 「今まで僕たちは問題をなにも起こさなかったから見逃してもらってた。君の件でそれがぱあになる。どうしてくれるんだよ」  冷たいエドワードの言葉に、ロビンは笑っていた。自分の浅はかなおこないのせいで彼女の大切なものが危機に瀕している。それなのに、このモリーはその張本人を優しく保護しているのだ。  その無自覚な優しさが心地よくもあり、憎くもあった。だから、困らせてやろうとロビンは口を開く。 「だったら、僕を消せばいい。あとかたもなく、まっさらに……。きみだったら、それができるんじゃないのかい。美しい鈴蘭の花のように……」  うっとりと、ロビンは花の香りを思い出しながら眼を伏せていた。妖しく微笑むエドワルダが纏っていた毒の香り。その香りを漂わせた彼女の唇の、なんと柔らかなことだろう。  その唇をもう一度味わってみたい。  そっと両手をあげ、ロビンはエドワルダの両頬を包み込む。エドワルダは困惑した眼差しを自分に向けるばかりだ。 「ねえ、エドワルダ。君におぼれて死にたい」  翠色の眼を細めて、ロビンは甘えた声をはっしてみせる。エドワルダは大きく眼を見開いて、そっとロビンの両手を自分の頬から引き離した。  ロビンの顔を覗き込みながら、彼女はロビンの両頬を手で包み込む。柔らかな唇の感触にロビンは大きく眼を見開いて、彼女を見つめ返した。  エドワルダの蒼い眼は苦笑に細められている。仕方ないなと言っているようなその眼を見つめながら、ロビンは微笑んでいた。

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