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妖精
エドワルダの見立ては素晴らしかった。歳を訊いたら今年で13歳だという。マダムに拾われて彼女の娘になってから、この駒鳥亭の経営を手伝うようになったそうだ。
ルカは白いドレスを纏っている。
白い銀糸の百合が配色されたガウンに、幾重にも折り重なる絹のペチコート。短い銀髪にはつけ毛が足され、美しく宝飾品を守って結い上げられている。
うっとりと鏡に映った自分の姿に見惚れながら、ルカは自分の後ろに控えるエドワルダを鏡越しに見つめていた。
エドワルダもルカの姿に見とれているのか、ほうっとため息をつきながら鏡の中の鏡像に見入っている。ルカはそんな鏡に映るエドワルダを見て、薄い唇に笑みを浮かべていた。
逞しいダラスの腕に抱かれるのもいいが、柳の木のように細い彼女を抱いてみるのも面白いかもしれない。
そう思ったからこそ、ルカはエドワルダに声をかけていた。
「君、男の子でしょ?」
ルカの言葉にびくりとエドワルダの肩が震える。持っていた扇を口元にあて、彼女はなんのことでしょうかと言葉を濁す。ルカはそんな彼女に振り返り、微笑みを向けてみせた。
「絵を描いているものの宿命ってやつかな。君ぐらいの年になると、自然と骨格から違いで出てくるんだよ。不思議と君のそれは未発達だけどね」
「へえ、僕のこと分かるんだ……」
怯えていたエドワルダの眼に勝気な光が宿る。彼女は口元を覆っていた扇を放し、口元を歪めて笑ってみせた。
「ねえ、あなたにはちゃんと僕が男に見えるの。女じゃなくて、男に」
「さあ、どうかな。美しく着飾った君は女といった方が見栄えがいい」
ルカはそっとエドワルダに近づき、柳のように細いエドワルダの腰を引き寄せていた。彼女は蒼い眼を大きく見開き、ルカの手から逃れようと体を捻ってみせる。
「君は自分を何だと思う? エドワルダ」
「モリー」
不機嫌な声が答えを言う。ルカは苦笑を顔に浮かべ、口を開いていた。
「モリーは女装が趣味のゲイたちのことだ。君は女装が好きな男の子ってことになる。僕と同じソドマイド。同じソドムの民ってやつだ」
「モリーはモリーだよ。罪人じゃない。女が好きなモリーもいる。女になりたいってモリーもいる。あなたみたいに男だけが好きなモリーもいる。女装が嫌なモリーは、モリーをやめる。それだけだ」
「君の中のモリーはいやに複雑だな。意味が分からないよ」
「モリーたちは裏切らない。彼らは、僕の家族なんだ」
そっと眼を伏せて、エドワルダは言葉を締めくくる。これは驚いたとルカは女装をした少年を見つめていた。自身をモリーと形容した彼は、たしかに可憐な少女にしか見えない。
「そうだね、君はモリーだ。そう形容した方が美しい」
「美しい……?」
ぴくりとエドワルダは顔をあげ、不思議そうにルカを見つめる。ルカは銀の眼を細め、エドワルダに笑ってみせた。
「君が素敵な生き物ってことさ」
セント・ジェイムズ公園の妖精は美しかった。綺麗ではなく美しい。たおやかな外見の中に、強い意志を秘めた彼をルカはただ美しいと思った。
そんなルカが美しいと形容した彼は、天井に吊るされた鳥籠に入れられ、見事なアリアを披露している。変声期を迎えていないせいか、彼の声は男が歌い上げることのできないソプラノを見事に表現していた。
「凄いな、これは」
深緑のドレスに身を包んだダラスが、鳥籠を見あげながら呟く。体躯のいい彼の体にも絹のガウンとペチコートで構成されるドレスはよく似合う。どうやらこの駒鳥亭にはお抱えの仕立て屋でもいるらしく、男に似合うドレスを用意することが出来るのだそうだ。
自分たちの知らない場所で、ソドムの都が花開いている。その事実にルカは心を躍らせていた。駒鳥亭だけではない。他のモリーハウスにも是非とも足を運びたいものだ。
「他のモリーたちにも会ってみたいな」
それはダラスも同じ意見らしい。彼はエドワルダを見あげながら口を開いた。
けれど、今しばらくはここに留まりたいとルカは思う。あの美しいエドワルダをもっと知りたいと思ったのだ。
深く、もっと深く彼を知りたい。
自分がモリーだと語る彼の服を一枚一枚、脱がしていって、その細い体を掻き抱いて、欲望を最奥に放ったらどういうことになるだろうか。
ダラスには抱かれたいと思ったが、エドワルダはルカに全く別の感情を抱かせる。あの美しい存在をものにできたら、きっと自分は今までにない最高傑作を描くことができるはずなのだ。
「ねえ、ダラス。僕はあれが欲しい」
うっとりとアリアを歌うエドワルダを見つめながら、ルカは呟く。ダラスはそんなルカを見つめ、心底嫌そうに眼を顰めた。
「また、お前の悪い癖が始まったか……。俺の絵、完成させてからそんなに日にちが経ってないぞ」
「ダラスのことも愛してますよ。でも、愛がなければ究極の美は完成しない。僕は胸の中の焦がれる憧れを抱いたまま、憧れに溺死するしかないんです。だから、僕は愛する対象が欲しい。エドワルダが欲しい」
恋人である男にルカは平然と他者への愛を語る。ダラスは大きく肩を落として、そんなルカを抱き寄せていた。
「何をすればいい? 俺の聖者。俺は、お前の望みを叶えよう」
「ありがとう、ダラス。君のために最高傑作を描いてみせるよ」
仕方ないなと苦笑する恋人に、ルカは溢れんばかりの笑みを送ったのだ。
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