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悪魔

「ダラスが風紀改善協会に出入りしているそうだな」  寝台に横たわるマダムが声をかけてくる。寝台から降りて真新しいシャツに袖を通していたルカは、そっと新しい恋人であるその人に顔を向けていた。  いたずらっぽそうに笑うマダムの顔を見て、ルカは微笑んでみせる。 「ああ、あそこに悪魔がいるって教えてくれたのは、あなたじゃないですか」 「それにしたって、大切な恋人を悪魔の監視役にしたりするか。普通」 「彼は悪魔である僕の父親が憎いんだそうです」  そっと笑みを消して、ルカは言葉を続ける。そんなルカを見つめながら、裸のマダムは体を起こしていた。 「私に近づいたのも、父親の居場所が知りたかったからか?」 「風紀を正す組織が、裏で少年たちを食い物にしてるって知ったら、世間はどう思います?下手をすれば、あなたの大切なエドワードも餌食にされかねない」 「エドワードは私が悪魔から買い取った。だから、それはないよ。アレは私のものだ。あの男が組織を牛耳っているあいだは、ここに手を出すこともない」 「悪魔がそんな約束を守るとでも?」 「何が言いたい……?」  マダムの鋭い言葉に、ルカは黙る。すっとルカは銀の眼を細め、言葉を続けていた。 「あなただって、警戒してこのモリーハウスを閉じているじゃないか。エドワードを連れて逃げることもせずに……」  エドワードが危ないじゃないのか。そうルカが言外に問うと、マダムは美しい萌黄の眼を歪ませていた。 「僕だって、エドワードのことは欲しいもの。悪魔があんな美しい堕天使を放っておくはずがない」  ルカの言葉が固さを帯びる。自分を犯したあの男は、自分を生み出したあの悪魔は、美しいものに目がないのだ。自分を犯したあの夜も、あの男は一心不乱にルカに囁いていた。  ――これでお前は私のものだと。 「僕はあんな醜い悪魔に美しいエドワードを奪われたくない。だから、ダラスに協力してもらっているだけです。あれがエドワードを汚すことだけは耐えられない」 「あの子はそんなに危ういのか……?」 「男も女も関係なく、あの奇妙な生き物には惹かれるでしょうね。それを射止めるのは誰になるのか分かりませんが……」  それが僕であったらいいのにと、ルカは思う。あの美しいモリーがずっと側にいてくれれば、それはそれは素敵な創造物が、自分の中から湯水のごとく湧きあがってくるだろう。  まるで、七日間で世界を創造した神のごとく、ルカは創世記に記された美しき世界を絵筆によって表現することができるのだ。 「あなただって、あの奇妙な生き物が美しいから悪魔から買い取ったのでしょう?」 「あれが美しいね……」  ルカの言葉に、マダムは苦笑してみせる。彼女は寝台のシーツを羽織り、そっと床へと足をつけた。ルカに近づいてきたマダムは、そっとルカの顔を覗き込んでみせる。 「アレはね、泥にまみれて死にかけていたところ私が拾ったんだ。酷い傷で、汚らしいドブネズミにしか見えなかったよ。そしたら飼い主だという男が現れて、あれの代金を請求してきた。私はその金と引き換えに、あれの保護者になったんだ……」 「エドワードがドブネズミ? 信じられない」 「ネズミ殺しは知ってるだろ? 犬が何匹ネズミを殺せるかを賭けるゲームだ。そのネズミを子供に置き換えた下衆な奴らがいてね。エドワードはそこで、襲ってきた犬を返り討ちにできるぐらいの恐いドブネズミだった。それが使い物にならなくなったとたん、テムズ川に捨てられた。あれをはじめに見つけたのは、ドブ攫いをしてる泥雲雀たちだったよ……」 「マダムに見つからなかったら、今ごろテムズ川の底にエドワードは沈んでるわけですね……」 「あれを捨てた奴らが、またあれを欲しがるんだったら話は別だよ。私は奴らを見逃すことができない……」  そっとルカの肩にマダムの両手が添えられる。ルカの耳元に顔を近づけ、マダムはそっと囁いていた。 「エドワードを救ってくれるのなら協力しよう。ただし、エドワードを巻き込むのなら、お前はテムズ川の底に横たわることになる」 「マダムも一緒だったら、僕は喜んでテムズ川の鰻の餌になりますよ」  にっこりと微笑んで、ルカはマダムに言葉を返していた。マダムは呆れたような顔をして、言葉を続ける。 「何をすればいい? お前の望み通りに取り計らおう」 「僕と、あの悪魔を引き合わせてください」  口元を歪め、ルカは嗤う。そんなルカを見つめながら、マダムは苦笑していた。

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