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試読4

「あまり、酒は飲まれませんか?」  涼やかな風の吹き抜ける楼閣の二階に、宴を抜け出した彩周と瑞雪の姿があった。王宮内に作られた小さな楼は、一呼吸をおくには最適な場所である。彩周は気分の悪そうな瑞雪を気遣い、ここへ連れ出してくれたのだ。柱の間から大きく抜けて見える紺碧色の空に、ちらちらと星が輝いた。 「はい……自分では、あまり。友の付き合いはしますが」  風に当たりながら、ふいに瑞雪は友人のことを思い出す。この空の遠く向こうのどこかにいる、若雲のことを。今の時分であれば宵廻りで芙蓉宮にいるだろうか。それとも今日は休みで、宿舎で寝ているだろうか。 「ご友人、ですか」 「……ええ。幼い頃からの親友と呼べる存在です。いつも、頼りない僕を支えてくれて──」  そこまで答え、瑞雪ははたと我に返る。王の名代ではない、自我を出しすぎたと後悔した。そしてそれを上書きするように、彩周の整った顔を見上げて問いかける。戦の化粧をとっても、やはり彩周は美しい。 「すみません、彩周殿には、ご友人は?」 「私ですか……?」  彩周は一度、瑞雪の問いに面食らう。そのような個人的なことを訊ねられるとは、思いもよらなかった。 「あっ、ああ、僕ってば慣れ慣れしく、ごめんなさい!」  訊いておきながら勝手に慌て始める瑞雪に、思わず笑みを吹く。本当に変わった人だ。外交という状況下で、本来は素直に応える必要もないが、彩周は不思議な名代を前にして思いがけず口が軽くなった。それはとても清々しく、悪い気がしなかった。 「おりますよ。金石の交と呼べる友が」 「そ、そうなのですね……! やっぱり、生涯の友とはいいものですよね」  まるで汗の飛ぶように見える瑞雪が、 握り締めた手をぶんぶんと振りながら同意する。彩周はそんな瑞雪に微笑みかけ、ゆっくりと頷いた。 「その方は、いまはなにをされてるんですか?」 「いまは……──玉座にて」  瞬時に訪れた静寂の中で、深い深い瑠璃色をした空に、一筋の流星が走る。彼らは短い星の煌めきを見ることなく、ただ互いを見合っていた。 「……え? え、ええ! そ、それって」 「ふふ、王宮でも知る者は僅かな機密ですよ。内緒にしてくださいね」  そう言いながら、彩周は形の良い唇の前に人差し指をついと立てる。その甘やかな所作に頭をくらつかせつつ、瑞雪はこくこくと頷いた。……まさか、自分の命を守れと誓わせた武官が、かの王の親友とは。思いがけない秘密の共有に、胸が高鳴った。 「ですが、なぜそんな大切なことを、僕に……」 「あなたになら、瑞雪殿になら、お話してもよいと思えたからです」  ただそれだけのことですよ。と付け足しながら夜空を見上げる彩周の瞳に、煌々と輝く星が映し出される。不躾とは思えど、瑞雪はその様から目が離せないでいた。そのうちに、酒で得た気持ち悪さや、宴での疎外感による不安などが綺麗さっぱり洗い流されていることに気付く。 「あ……僕、いえ、私、……少し元気になったので、もう少し頑張ってこようと思います」 「もう、気分はよろしいので?」 「はい。彩周殿、本当にありがとうございました」  頭を深く下げ、楼閣を降りていく瑞雪の細身の背中を、彩周はいつまでも見守っていた。 (本当に、不思議で変わった方だ)  けれど隣にいる居心地は悪くない。どうかこのまま平穏に、彼を国に帰せるようにと、今いちど彩周は星天へ祈った。

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