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前編:航の疾走
「オ、オレが他の男と寝ても、奏(そう)ちゃんは何とも思わないんだよね?」
うらぶれたラブホテルの一室。
キングサイズのベッドに寝そべってテレビを見ている奏ちゃんに向かって、部屋の隅で濡れそぼったまま立ち竦んでいるオレは声を震わせた。
「オレたちこうして会うたびにエッチして、もう三年になるだろ? でも奏ちゃんはオレには何の情も湧かないんだよな? オレが、す、好きだって言ったら、重くてもう会ってくれないんだろ?」
一気にまくし立て、恐る恐る視線を上げる。
しばらくの沈黙のあと、奏ちゃんはテレビに顔を向けたまま、大きな溜息を吐いた。そして、白に近い金色の髪を鬱陶しそうに掻き上げる。
「人が質問するときってさぁ、どういう答えが欲しいか自分の中で期待があるよな? おまえはオレに何て言って欲しいわけ?」
そう言って、胡乱な視線だけをチラッとこちらに向ける。
「え、あの……」
「何? さすがにオレもおまえに情が湧いたわ、とかオレ以外の男とはヤるな、とか言って欲しいの? それともおまえとは体だけだって言えば、おまえはオレから離れられんの?」
奏ちゃんの冷たい声に、オレはジーンズの太もも辺りを両手でギュッと握り締めた。
「……奏ちゃん、ずるい……」
「はあ? おまえがいっつも根暗なことばっか考えてるからだろ? 正直、オレそういうの我慢できないから。何度も言うけど、面倒なのごめんだから」
苛立たしげに言うと、奏ちゃんはすぐさまテレビに視線を戻す。その画面の中では、今話題の芸人たちが観客の笑いを巻き起こしていた。
オレ、どうしてこんな男を好きになったんだろ。
全然優しくなくて、何の約束もくれなくて、自分がヤりたいときだけ呼び立てる。
だから、会うたびに、体を繋げるたびに辛くて、切なくて、哀しくなる。
それでも離れると、寂しくて寂しくて会いたくて会いたくて、堪らなくなる。
その繰り返し。それが三年。でも、こんなの不毛だ。自分で自分を切り刻んでる。
「も、もう会わない! 奏ちゃんとはもうこれっきりにするっ!」
オレは持っていた傘の柄をギュッと握り締め、声を張り上げた。
「ああ、そう。じゃ、元気で」
だけど奏ちゃんはオレを引き留めるどころか、テレビを見たまま軽く右手を上げただけだった。
「……っ」
込み上げてきた涙で世界が歪んでいくのを見ながら、オレは部屋の扉へと踵を返す。
犬でも猫でも寄ってくる動物には優しいのに、オレには優しくない。
何でも好き嫌いなくおいしそうに食べるのに、オレを抱くときはつまらなそうな顔をする。
「奏ちゃんのバカ、奏ちゃんのバカ、奏ちゃんの……っ!」
ラブホを飛び出し、落ち葉の散った歩道をがむしゃらに走り出す。いつの間にか雨は上がっていた。
けれど、冷たさを増す北風が濡れた体から容赦なく体温を奪い去り、オレの身も心もこれ以上ないくらいに冷え切らせた。
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