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第1話「課長の秘密」
さっさとこの潜入調査を終わらせて、今回の実績を足掛かりに出世してやるんだ!
そんな考えだけを頭の中で反芻しながら、俺は煮詰まった会議室の末席から上座に座る調査対象の男をじっと見つめた。
白衣の胸元から、アイロンの効いた白いワイシャツとセンスのいい濃紺のネクタイが覗くその男の名は、東海林(しょうじ)優(すぐる)。
歳は三十二にしてこの大手製薬会社、三愛(さんあい)製薬の品質管理課課長である。
俺は事前にもらっていた東海林課長の資料を頭の中で捲る。
国立大薬学部を卒業後、三愛製薬に入社。研究部や品質保証部を経験後、昨年、品質管理課の課長として着任。
まあ、一口に言えばエリートだな。
しかし名ばかりでなく、実績もちゃんとあるそうだ。
東海林課長が品質管理課の指揮を執り始めると、製品に関するクレーム件数が以前より二十パーセント以上も減ったという。
いつもクレーム対応に追われる営業部からの評判も上々だ。
それに、長めの前髪から覗く瞳は涼やかな切れ長で、その間をすっと通る細く高い鼻梁、薄く形のいい唇などルックスにも申し分がない。
軽く頬杖をつき、資料に視線を落としている様は、ここがエアコンの効きが悪い古ぼけた会議室なんてことを忘れさせるくらいに王子様然としている。
きっと学生時代の東海林課長は、学校中の女子から羨望の眼差しで見つめられていたに違いない……。
って、まあ、容姿は査定にはなんら関係ないのだが。
俺が会議の内容なんかそっちのけで東海林課長の様子を観察していると、課長は資料からつっと整った顔を上げた。
そして課員たちを見渡しながら低過ぎないよく通る声を出した。
「では、この件に関してはもう一度、原料の純度検査を行ってみましょう。その結果を再度僕が判断し、必要なら製造部に申し入れをします」
「おぉ、そうだな、それがいいな」
時間だけが過ぎようとしていた会議室内で、東海林課長の鶴の一声のような発言が場を終息させていく。
頭を抱えていた十五名余りの課員たちも納得し、頷いた。
うーん、部下の信頼も厚いし、文句の付けどころのない優秀な社員。俺の見立てではそうなる。
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