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俺がこの三愛製薬の主力工場内にある品質管理課に、中途採用社員として身分を偽り極秘に潜入してまだ一週間。
潜入には二ヶ月の期間が設けられているが、この男の調査ならもう充分だろ。
そう、何を隠そう、俺の本当の肩書は入社三年目の三愛製薬本社人事部特命係の平社員。
従業員三千人を超えるこの大企業下で、人事部の一社員の顔なんて誰も知らない。
それをいいことに、俺たち特命係は社のあらゆる人物の調査に極秘に派遣されるのだ。
*
今回の調査を依頼されたのは一ヶ月前の六月半ばのことだった。
『全社を挙げて取り組む今度のプロジェクトは、国の助成金も下りた大掛かりなものだ』
重厚なデスクの内から人事部長の郷渡(ごうわたり)が、部長室に呼び付けた俺たち特命係の面々に鼻息荒く話を続ける。
『もし途中で社員の不祥事などが発覚しプロジェクトが頓挫したら、社の存続までもが危うくなってしまう。よって今回のプロジェクト参加者の人選には細心の注意を払わなければならない』
薄くなった頭を隠そうと、思いっきり横向きに撫でつけられた郷渡部長の髪の毛がクーラーの風にそよいでいる。
『わかったかな? ……笹川(ささがわ)君? 笹川司郎(しろう)君?』
『は、はい!』
突然自分の名前が呼ばれ、こちらを睨みつける部長の頭から慌てて目を逸らしながら、大きな声で返事をした。
郷渡部長は社長と血縁関係にあり、その後ろ盾もあって強硬で剛腕なやり手として知られている。
『もちろん、優秀な人材をこのプロジェクトに登用できれば、君たちの評価に繋がる。しかし、不祥事を起こすような人物を参加させてしまった場合、君たちにも連帯責任を取ってもらう。今回の特命はそれほど責任重大で、重要な任務なのだ!』
部長の長い話が終わると、秘書から各人に調査対象の人物の資料が渡され、解散となった。
『おい、笹川、おまえはどこ行くんだ?』
部長室を出た俺に同じ特命係の同僚、中原(なかはら)が声をかけてきた。
『俺は松岡工場の品質管理課の課長のとこだ』
『へぇ、本社から近くていいじゃないか。俺は宇佐美支店の支店長。まあ、誰でも叩けば埃くらい出てくるとは思うがねぇ』
そう言って顎を撫でながら資料に目を通す中原は、身長百八十を超えるでかい体躯の俺とは違い、細身の身体に高級そうなスーツを纏っている。
優男なイメージそのものの男だが、こいつは特命係の中でも情け容赦のない報告をすることで有名だ。
中原の報告で左遷されたり辞任に追いやられたりした社の大物もいる。
『まあな』
中原に返事をしながら、俺も手元の資料に目を落とす。
三流私立大の理学部しか出てない俺がこの大手製薬会社に入社できたのはまさに奇跡だ。
どんな仕事でもやってやる。
とにかく出世するんだ。
そしてあいつらを見返して、故郷に錦を飾ってやる!
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