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最後だから

「悠衣。起き上がれますか?」  噂話を聞こえなかった振り、気にしていない振りをして何とか帰ってきた柊は、夕飯、栄養も取らなければと思い、今日はチャーハンを作り、悠衣の部屋に踏み入った。  オメガに抑制剤があるように、アルファにもオメガのフェロモンにやられないように抑制剤が存在していた。  それを飲んだため初日よりはフェロモンにやられなくなったものの、それでも甘い香りが鼻をつく。 「悠衣?」  返事をしないと思ったら、悠衣は毛布に被って眠っていた。  丸まって穏やかな吐息を立てる悠衣の髪をかき分け、愛おしそうな瞳を柊は悠衣に向けた。  固く閉じられている瞼に唇を落とし、前髪をいじくる。 「悠衣……貴方が、弟じゃなければ良かったのに」  弟じゃなければ、こんなに悩むこともなかったのに。  その甘い唇を、発情期であっても、味わうことができたのに。 「けれど……弟じゃなければ、貴方とは出会えていなかったかもしれませんね」  柊と悠衣の年齢は、八歳離れている。  こんなに離れていれば、同じ学校に学生として通うことは無く、街ですれ違っても互いに互いの存在を認知する事などないだろう。  兄弟だからこそ、こうして今互いの存在を大切だと、何にも代えがたい存在だと言える距離にいるのだ。  悠衣の側にいないよりは、いる方が良いに決まっている。  そこだけいれば、兄弟でいればよかったとも言える。  でもそれでは納得できないのは、きっと――。 「好きです」  堪らず、胸に燻っている想いを柊は吐露した。  いつから、兄弟だけでは満足しなかったのだろう。  理性で愛してはいけないと思っておきながら、行動は『愛』そのものを示していて。  悠衣もそれを享受していて、だからこれで良いのだと思っていた。  でも……この距離感も、きっと発情期が終わる頃には変わっている。  柊から悠衣は離れ、将来の為に、柊ではない人を番に選ぶ。  そんな時には、それを側で見なくてはいけない兄弟という関係に、嫌気がさすのだろう。  けれどそれは必ず訪れる未来、そして柊も、いい加減この気持ちと向き合い、整理しなくてはいけない。  だから――。 「すみません」  これが最後。  最後の、兄弟を超えた行為だから。 「愛していますよ、悠衣」  その言葉と共に、柊はその唇に自身の唇を落とした。  触れ合わせるだけ、濃厚なキスではなく、想いを伝えるだけの、軽い触れ合い。  けれども長く、名残惜しそうに長く長く触れ合わせていた柊は、寂しそうに瞳を開け、立ち上がった。  これからは傍目に見ても普通の兄弟として見られるように、この育った感情とも、忘れるなんて出来ないから、せめて上手く付き合えるように。

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