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恋人

「柊兄!」  悠衣は、走ってその勢いのまま玄関のドアを開けた。  五年前、柊は事前に両親に連絡を入れていたらしく、上京した父についていっていた母が柊が出て行った数日後、帰ってきていた。  それ以来家にいる母、けれど今日はパートに出かけているはずなのに、家の電気がついていた。  悠衣の中で期待が高まる、もしかしたら……帰って、きているかもしれないと。 「そんなに慌てて……どうしたのですか?」  やっぱりいた、と悠衣は柊に飛びつこうとした。  けれど悠衣の視線が柊を捉えると同時に、悠衣はその動きを止め、呆然と震えている人差し指を掲げた。 「柊、兄……その人、は……」  久しぶりに会った兄、そして恋人であるはずの彼、少なくとも悠衣はあの日からずっと、恋人だと思っている相手。  髪が短くなった、少し痩せた、元々大人っぽかった雰囲気がもっと落ち着いている、そんな変化よりも、悠衣の目に映ったのはその手だった。  柊が肩に手を置いているのは、柊より少し低い、けれど悠衣よりは高い、丁度真ん中くらいの身長の男。  髪が金髪で、猫目で、ほんのりと色づいた頬に、恥ずかしいのか唇を噛みしめ逸らされた瞳。 「僕の恋人です」  にこりと笑った柊が、残酷な言葉を悠衣にぶつけた。  ずっと、ずっと待っていた。  柊は兄弟に戻ろうと言っていた、でも悠衣は恋人でいたかった。  話し合いの場も設けられずにいなくなった、感情はそのままだった。  再会したら説得しようと思っていた、悠衣に甘い柊の事だ、悠衣が必死になれば、その思いの丈をぶつければ、恋人としていてくれることを許してくれるかもしれない。  でもそれは、甘かった。  この状況を、悠衣は想定していなかった。  まさか柊が……恋人を連れて、戻ってくるなんて。 「柊兄……僕は……僕はずっと、柊兄の事が……」 「何言ってるのですか? 僕たちは兄弟です。普通の、兄弟ですよ?」  そう言った柊の表情は、まるでそれが当然というような、笑顔を崩さない、完璧なもので。 「……っつ!」  帰ってきてすぐに、悠衣は家を飛び出した。  それを柊も追わない。  悠衣は泣いている、けれど柊は手を差し伸ばさなかった。  もう、違うのだ。  恋人のような兄弟の距離感は、あの日から変わった。  普通の兄弟に戻った、距離感に戻った。  けれどその距離感を、悠衣は知らなかった。  幼い頃からキスを繰り返して、抱きしめられるのが普通で、何度も甘やかされて、意思を読んでしたいことをしてくれて。  今まで柊に恋人がいたこともなかった。  だから――悠衣は、知らない。  それがない柊との距離感なんて、普通の兄弟が何であるのかも、何もかも知らなかった。  けれどこれだけは分かった。  完全に……自分は、振られたのだと。

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