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紹介
――悠衣が昨日、帰って来なかった。
きっと、電話を掛けてきたあの名倉緋佐という男と一緒に居るのだろう。
悠衣から直接届いたメールにはただ一言、『暫く帰りません』とだけ書かれていて。
「はあ」
そんな事を思う資格などないというのに、行き先のない感情がため息となって柊の口から漏れた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
柊らの両親は、仲睦まじい方だ。
ラブラブとまではいかないが、互いの言いたい事を読み取り、先立って行動する良き夫婦である。
なので当然連絡をやり合っており、事前に柊の事は知らされていたのだろう。
「久しぶりだな、柊」
柊の姿を見ても戸惑いもせずに、父はただ笑って再会を祝した。
「父さん。話があるんですが、よろしいですか?」
「何だ?」
楽を見ても会釈だけで何も聞かなかった父。
ほんわかしたまま入った食事が終わり、その雰囲気を柊はぶち破った。
「僕はこの実川楽と結婚を考えています。その許可を頂きたいのです」
はっきりとそう宣言した柊を、見開いた目で父は見つめた。
どうやら、結婚の件までは母は伝えていなかったらしい。
そう感じた柊は、さらに言葉を重ねる。
「既に向こうの方には挨拶を済ませてあります。後は父さんと母さんの許しを頂くだけです」
ひゅっと喉がなる音と共に、母の表情が悲しみに染まる。
それはきっと、悠衣の感情を悟っていたからだろう。
悠衣は分かりやすい。
何も感じていないときは無表情でボウッとしているのだが、嬉しい事や悲しい事があった時、ちゃんと表情として表へ出る。
だから柊がいなくなった時の悠衣の表情、悲しみ方の尋常さから、感じ取っていたのだろう。
悠衣が柊を、想っている事を。
それは父も同様なのか、テーブルの向かいで組んだ手に顎を乗せた。
「それは、悠衣に伝えてあるのか?」
「直接は、伝えていません」
「お前は、それで良いのか?」
「はい」
父の表情が険しくなった。
柊の本音を探るような鋭い眼光、それをしっかりと受け止めて柊もじっと父を見る。
暫しの静寂、緊張感の高まる室内。
やがて口火を切ったのは、父の方だった。
「嘘だな」
ふっと笑った父により、この場が一気に弛緩する。
それを否定も肯定もせず、ただ柊は父の次の言葉を待った。
「例え仕事で出ている事が多いとは言っても、家族だ。お前の嘘を付くときの癖くらい把握している」
「そうね。柊は昔から、嘘を付くとき一回は耳がぴくりと動くのよね」
母までそんな事を言い、居心地悪そうに柊は自身の耳を触った。
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