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お願い

「……癖は、中々直せません」 「直す必要なんてないわ。分かりやすいもの」  先程まで絶望の淵にいるような表情をしていた母は、柊の言葉が嘘だと分かると裏を返したように明るくなった。  何やら三人で意思疎通しているような雰囲気に、何が起こっているのか分からなくて挙動不審になっている楽を、柊はぽんぽんっと軽く叩く。 「で? 本当の話は何だ?」  どうやら、父はどこまでもお見通しのようだ。  柊の瞳に映るそれが恋情ではなく友情のような、はたまた兄弟を可愛がるようなものだと分かった上で、話を続ける。 「確かに、僕は楽の事を『好きな人』としては見れません。僕が恋してるのはずっと、悠衣なのですから」  そこで一旦言葉を切った柊は、次の瞬間真剣な色を携えて両親を真っ向から見つめた。 「お願いがあるのです。もし、許されるのなら……僕を、篠宮家の籍から、外していただけませんか」  そう言って、座っている姿勢で柊は精いっぱい頭を下げた。  今度は嘘と見破れなかったのだろう。  当然だ、柊が話している事は本当の事なのだから。  両親ともに驚きをめいいっぱい表現しているのが俯いても分かり、申し訳ない感情が胸を満たす。 「訳を聞こうか」  それでも冷静さを欠かない父の声により顔を上げた柊は、「はい」と頷いてこれまでの経緯を語り始めた。 「僕は五年前、悠衣の事を『運命』だと思いました。誰にも渡さない、渡せない唯一人だと。と同時に、思ったのです。このままなし崩し的に『兄弟』から『恋人』になったとして、今までは距離感の近さを『兄弟としての仲の良さ』だと誤魔化せていたものが隠しきれなくなってしまいます。そしてそのまま、中傷や罵倒と言ったものを浴びてもおかしくありません。僕らは元々の距離が近すぎた、今更離れる事も周りから変に思われます。僕らには二人だけの関係と言うのが、難しかったんです」  自分の両親に、今までの自分の心情を赤裸々に柊は語った。  元々、恋人のような距離感にいた柊と悠衣。  彼らが付き合いだしたとあれば、すぐに周囲は勘付くことになるだろう。  そしてそんな二人に、周りは無闇矢鱈と傷つける台詞を言ってくるかもしれない。  今まで戯れていただけと思われていたものが本当の『愛情』からとなれば、そしてそれが『兄弟』となれば、歪なものだと判断した人たちから一気に異常者だと決めつけられる。  それから守る覚悟も勇気も、柊にはまだなかったのだ。 「なので離れる事を決意しました。会えない時間を過ごして、これからどうするのか互いに考える時間が必要だと思ったのです。僕としては『兄弟』を選んで欲しかった、悠衣に辛い道を経験して欲しくなかった。なので手紙には、帰った時には普通の『兄弟』として過ごそうと書きました」  柊の話を、誰も口を挟まずに真剣な面持ちで聞いていた。  話すと決めた柊の口からは言葉と共に想いが溢れて、口元には僅かな笑みが浮かんでいる。

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