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第4話
龍聖たち兄弟は、車の中から目の前の大豪邸を前に目を丸くし見上げいる。
三階建てのその豪邸の周囲は鉄壁な壁に囲われている。門に入ってもしばらく車を走らせ、龍聖はいつ家に着くのだろうと思った。
やっと家が現れると、車を降りた兄弟たちは暫し呆然とその豪邸を見つめていた。
竜臣は玄関に入ると、
「千夏さーん!」
江藤家の家政婦の名を呼んだ。
「はいはい、お帰りなさいませ、坊ちゃん」
穏やかな笑顔をした、エプロン姿の女性が出迎えてくれた。
「風呂沸いてる?」
「ええ、沸いてますよ」
「こいつら、入れてやって」
千夏は龍聖の後ろに隠れおどおどとしている双子に目を向けた瞬間、ぱあっと顔を綻ばせた。
「あらー、かわいい!双子ちゃん?こんにちはー」
そう、穏やかに千夏が声をかけると、こ、こんにちは……、と同時に頭をぺこりと下げた。
「先に風呂入ってこいよ」
龍聖は戸惑った顔を竜臣に向けている。
「そしたら、飯。腹減ってるだろ?」
薄っすらと笑みを零し、双子の頭に手を置いた。
双子は大きく頷いている。
「じゃあ、風呂入ってこい」
双子は千夏に手を取られ、奥へと消えて行った。
「おまえも行けよ」
「で、でも……!」
龍聖は相変わらず怯えたような目をしていた。
「いいから、行け」
そう言って、竜臣は龍聖の尻に軽く蹴りを入れた。ヨタヨタとすると、そのまま玄関を上がり弟たちの後を追った。
「坊ちゃん、どういうつもりですか?」
後ろから銀二が声をかけてきた。
「どういうつもりだって?そんなもん、可哀想だからに決まってんだろ」
竜臣はポケットからタバコを取り出し火を点けた。
「あんな小せえ弟の首絞めて、心中しようなんて、不憫でしかねぇだろ」
銀二はその竜臣の言葉に、にっこりと笑うと前歯のかけた歯が見せた。
「坊ちゃんのそういうとこ、オレは好きですよ」
「あ?」
「車、車庫に入れて来ます」
そう言って、銀二は外に出て行った。
竜臣はリビングに行き、スクールバックをソファに投げ捨てると自分の学ランの匂いを嗅いだ。
「くせっ……」
すっかり自分にも染み付いてしまった悪臭に顔を歪めた。
千夏が戻ってくると、
「お兄さんの着替えはとりあえず、坊ちゃんので間に合わせますけど、双子ちゃんの着替えはどうしましょう?」
頬に手を出して添え、聞いてきた。
「桐生に買ってこさせてよ」
ニヤリと笑うと千夏も、
「そうですね」
そう言ってエプロンのポケットから携帯を取り出している。
竜臣は自分も風呂に入ってしまおうと、風呂場に向かった。
中から、双子のキャッキャッとはしゃいでいる声が聞こえてきた。
扉を開けると、広い浴槽で龍聖たちはお湯のかけっこし笑っていた。
ほんの少し前は、生きる事に絶望していた兄弟。竜臣は少し感慨深げにその情景を見つめた。
龍聖たちがこちらに目を向けると、
「気持ちいいか?」
そう尋ねると双子が同時に、うん!と大きな返事をした。
「僕、こんな大きなお風呂始めて!」
「それは良かったな」
竜臣は目を細め、はしゃいでいる双子を見つめた。
同じ顔で全く区別がつかないが、片割れを見ると龍聖の手の痕が薄っすらと残っていた。
どうやら体の方は問題はないようで、すっかり大きな風呂にはしゃいでいる。
体を洗い、龍聖たちと一緒に湯船に浸かった。大人が五〜六人はゆうに入れるその浴槽は竜臣が入ったところでも足を伸ばせるスペースがあった。
龍聖が歯に噛んだような顔を浮かべ、
「ありがとう……」
かき消されそうな声で言った。
「何日ぶりの風呂?」
「湯船に浸かったのは……10日ぶりくらいだな」
さすがに竜臣はギョッとした。
「水道止められてからは、公園の水で頭洗ったり体拭いたりしてた」
龍聖はお湯を手で掬い上げると、そのお湯を再び湯船に戻すという行動を何度も繰り返している。
風呂に入る、そんな至極当然な事すらこの兄弟たちにとってこの数ヶ月、叶わなかった事だ。
「……借金っていくらくらい?」
「200万くらいって借金取りの人は言ってたけど……」
200万……竜臣は口の中で呟いた。
「で、母親はどこにいるか分かってんの?」
「さあな」
そう言って、苦笑を浮かべた。
「大人に相談したり、学校とかで何にも言われなかったわけ?」
こんな異常な状態に、学校側も気付かないはずはないだろう。
「児童相談所も来たけど、泣きじゃくるこいつら見たら離れたくなくて……逃げてた。でも……あんな事する羽目になるなら、素直に引き渡しても良かったのかも……」
また、涙が出そうになったのか、誤魔化すように荒っぽく顔を洗った。
「再婚って言ってたけど、双子と父親違うの?」
「ああ、こいつらは再婚相手が父親」
「その父親は、この状況知ってるのか?」
「いや、知らないと思う。俺にしたら他人だし、北海道にいて連絡の取りようもないし……あんまり好きじゃなかったから……」
ここまで酷い状況になっても父親に連絡を取りたくない理由が何かあるのかもしれない、竜臣はそう感じた。
「この先も頼るつもりはないのか?」
「こいつらだけでも……とは今は思ってる」
龍聖は悲しげに双子に目を向けた。
「おまえは?」
「俺は男だし、自分一人ならなんとかなるさ」
そう言って湯船に視線を落とした。
「坊ちゃーん。お着替え、ここ置いておきますねー」
千夏の声が磨りガラスの向こうから聞こえた。
「俺は先上がるから、おまえらはゆっくり浸かってろ」
「いや、俺もそろそろ上がる。逆上せそうだ。光、翼、出るぞ」
龍聖は湯船をプールのように泳いでいる双子に声をかけた。
「名前、光と翼って言うのか?どっちが翼でどっちが光だ?」
「僕が翼!」
「僕、光だよ!」
双子は手を挙げているが、次の瞬間に竜臣にはもうわからなくなっていた。首に痕があるのが翼らしかったが、それが消えれば区別の付けようがないなと思った。
「区別つかねーな」
「俺でもたまに間違える」
龍聖はそう言って、穏やかに笑った。
そこで初めて、龍聖の本当の笑顔を見た気がした。
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