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第3話
授業が終わり、校門を出ると黒塗りの高級車が止まっている。
竜臣はいつもの様にその車の後ろに乗り込む。
「なぁ、銀二」
運転席の金髪頭の男に声をかける。
「なんすか、坊ちゃん」
「ちょっと寄って欲しいとこあるんだけど」
そう言って、ある住所を口にした。
そこは、小さな貸家がひしめき合う住宅だった。
(ホントにここに人住めんのか?)
お世辞にも綺麗とは言えない寂れた家が並んでいる。
「うちの客がいそうな雰囲気ですね」
銀二はそう言って、辺りを見渡す。
藤神会の傘下では当然、金貸しもやっている。銀二は竜臣のお抱え運転手の傍、その金貸しの集金業務も行っていた。
龍聖の生徒手帳に書いてある住所に着くと、その貸家の前に場違いな黒塗りの高級車を止めた。そこは、ゴミが中から溢れ返っているゴミ屋敷だった。車から降りると、鼻に付く腐敗臭に堪らず鼻をつまんだ。
「すげー臭いっすね」
ゴミで玄関の扉が閉まらない程、ゴミが溢れている。
なんとか大人が一人が通れるほどのスペースの廊下とおぼしき隙間が見える。竜臣は土足のまま玄関を上がる。中に入ると、とてもじゃないが鼻で息が吸えない程、臭いがキツかった。
こんな悪臭漂う環境にいれば、あの異様な臭いを放つのは当然だろう。
ガタン!という音が奥から聞こえたと思うと、
「ぎゃー!」という子供の泣き声が聞こえたきた。それはよく、火が付いた様な泣き声と例えるが、まさにそれだと思った。
竜臣はその泣き声がする奥へと、足早に向かう。
目に入った光景に、竜臣は目を疑った。
龍聖が幼い子供の上に跨り、そして龍聖の両手はその子供の細い首にかかっている。
龍聖が幼い子供の上に馬乗りになり、首を絞めているという異常な光景だった。
竜臣は反射的に龍聖に体当たりをした。
「何やってんだよ!」
咄嗟にその子供を竜臣は胸に抱いた。
子供は、ケホッと小さく咽せている。突き飛ばされ龍聖はその場で力なく項垂れ、その横にもう一人の幼い子供が大泣きしている。
「坊ちゃん!どうかしましたか⁉︎」
他の部屋を見ていた銀二が焦った様子で部屋に入ってきた。
「何してんだよ……」
項垂れている龍聖にもう一度尋ねる。
「もう……死のうと思った……こいつら殺して……俺も死のうと……」
銀二はその言葉にギョッとしている。
龍聖はハタハタと涙を零し、横にいる子供を抱きしめた。兄ちゃん!そう言って、その子供も泣きながら龍聖に抱きついた。
「弟か?」
竜臣が抱いている子供と龍聖に抱きついている子供を交互に見た。同じ顔をしていた。どうやら、一卵性の双子のようだった。
龍聖はコクリと頷いた。
「なんで、死のうと思った?」
「母親が……借金してて……俺たち残して、消えた……」
龍聖は淡々と話し始めた。
三ヶ月程前、母親は再婚した相手と離婚。原因は母親が隠れて多額の借金をしていたのが父親にバレたという。
そこから、母親は更に荒れ、借金してはギャンブルと買い物に嵌り、みるみる借金が増えていった。家を空ける日が続き、最初は僅かな金と食料を置いて行っていたが、そのうち家にも帰って来なくなり、ガスも水道も電気も止められた。金もなく、食べる物はコンビニの賞味期限切れの弁当を無心したり、給食の残りをこっそり持って帰ってきて、なんとかそれで凌いでいた。それすらない時は、公園の水で腹を膨らませていたという。
「俺一人だったらなんとかなる……でも、こいつらはまだ5歳で、親がいないと生きていけない!中学生の俺じゃどうする事もできねーよ……」
うっ、うっと嗚咽を我慢するように、龍聖は泣いた。
風呂も入れず異臭を放ち食べる物もなく、みるみる痩せていった原因はこれだったという事だろう。
竜臣は目を落とし、自分の胸の中にいる双子の片割れを見る。目は虚ろで、その目からポロポロと涙が流れている。
怖かったはずだ。兄に首を絞められ、殺されそうになったのだ。
そのまま龍聖の弟を抱き上げると、
「行くぞ」
そう龍聖に言った。
龍聖は目を見開き、竜臣を見ている。
「ど……こへ……?」
「俺んち。臭くて、もう限界」
竜臣はゴミ山を蹴りながら、玄関へ向かった。
「銀二」
銀二はハッとすると車まで走って行き、後ろのドアを開けた。
振り返ると龍聖がもう一人の弟の手を取り、玄関先で立ち尽くしている。
「早くしろよ」
そう言って、車に乗り込んだ。
龍聖は言われるまま、竜臣の横に座り弟を膝に置いた。
三兄弟から発せられる臭いに耐えられず、窓を全開にして自宅まで車を走らせた。
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