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第7話

「坊ちゃん」 携帯を切った桐生が、竜臣の横に腰を下ろした。 「やはり、うちの客でしたよ。この子の母親」 龍聖はハッとした顔を向けた。 「約220万。この半年、一銭の入金の確認取れません。どこにいるか、今調べてる最中です」 「そんなに……!」 借金の額を聞いた龍聖の顔が青くなっている。 「さすがに220万もねーな」 「頭の口座からろ下ろしておきましょう」 「頼む」 「え?」 龍聖はそのやり取りに目を見開いている。 「これで、おまえの母親の借金はチャラだ」 「そんな!ダメだ!」 「なんで?」 「俺が返すから!少しずつ返していくから!」 「中坊じゃ無理だって」 「今すぐは無理だけど……働けるようになったら、少しずつ返していく」 そう言って、真っ直ぐな目を向けた。 「そうだな……おまえを220万で買ったって事でどうだ?だから、これからは俺の言う事聞けよ」 「……っ。なんでそこまで……」 龍聖は頭を抱えている。 「俺にとって、おまえはヒーローみたいなもんだったからな。俺はおまえの役に立てる事が嬉しくて仕方ないんだよ。可愛い双子の弟もできたしな。これからは俺とおまえは友達で家族だ」 龍聖はその後、暫く泣いていた。 正直、ここまでしている自分自身驚いていた。 龍聖がどうしても欲しかった。それが一番しっくりくる答えだった。 ずっと一人ぼっちだったこの大きな家が、一気に賑やかになると思うと自然と笑みが溢れた。 龍聖は与えられた部屋の扉を開けた。翼と光はテレビを点けたまま、寄り添うようにして眠っていた。龍聖は布団をかけると、弟たちの横に寝そべった。 これは夢なのではないかと思った。 ほんの数時間前にまで、死のうと思っていた。この可愛い弟の首を締めていた。翼の首にはまだ、薄っすらと龍聖の手の痕が残っており、そこをそっと撫でた。 「ごめんな、翼……」 そう呟き、翼の頭を撫で、光の頭も撫でた。 広いお風呂にふかふかの布団。美味しい食事と暖かい部屋。少し前ならそれが当然のように与えられていた。その当たり前を失い、惨めなほど毎日辛くひもじい日々を過ごした。子供の自分にはどうする事も出来ない状況に絶望し、死ぬ事ばかり毎日考えていた。そこに竜臣という救世主が現れ、一瞬にして人生を変えてしまった竜臣。しかも条件は、友達に家族になってくれ、そんな何も形として残らないもの。 龍聖は、竜臣に命を預けた。 (一生、あいつの側にいよう。あいつの為に出来る事をしよう) そう心に決めた。 次の日曜日、竜臣は龍聖と双子を連れ立って街に出た。百貨店で見た事もない値段の服を購入し着せられ、美容室に連れていかれ髪切られた。 元の姿より更に見違えた龍聖を見て、 「やっべ、超カッコよくなっちまった」 そう言って竜臣は笑った。 その日の夜、龍聖は竜臣に部屋に来るように言われた。ノックをし中に入ると、ソファに腰を下ろしている竜臣がいる。目の前のガラステーブルに日本酒の一升瓶が置かれているのが目に入った。 「座れよ」 竜臣は腰をずらし、自分の隣に龍聖が座るスペースを空けた。龍聖が座ると竜臣は日本酒を手に取り、二つの小さな赤い盃に日本酒を注いだ。 「極道は盃を交わせば、他人でも兄弟になれるんだぜ?」 日本酒の入った小さな盃の一つを龍聖に渡した。 「今日からおまえと俺は兄弟分だ。いいな?」 そう言って、盃を掲げると龍聖が手にした盃に竜臣は盃に合わせた。 「ああ、俺はおまえに一生ついていく」 そう言うと竜臣は怪訝な顔を浮かべた。 「そういうんじゃねーんだよ。家族……兄弟だって言ってんだよ」 その言葉に龍聖は、フッ……と笑いを溢した。 「そっか、竜臣は俺の兄貴になるんだな」 「ま、そういう事だ」 ニヤリと竜臣は笑うと盃を手にした。 二人は盃を口にした途端、その不味さに顔をしかめた。 「おえー……まずっ」 竜臣は舌を出して顔を歪めている。 「いつかこれが美味く感じる日が来るんだろうな」 「龍聖と並んで日本酒を酌み交わす日が楽しみだ」 フワリと竜臣は笑う。 『これで俺たちは兄弟だ』 二人はもう一度盃を合わせると、残った日本酒を一気に飲み干した。 大人の真似事で所詮、子供の戯言だとは分かっている。血の繋がりもなく戸籍だって別だ。それでも、何か残る事をしたかった。兄弟に家族になったという証拠を。 龍聖が朝起きると、新しい学ランが用意されていた。今まで着ていた制服は、臭いがこびりついたと言って、竜臣に捨てられてしまった。 翼と光も、前の保育所にもう一度通えるように千夏が話をしてきてくれるという。 竜臣と龍聖が登校すると、周囲の視線を感じた。見違えた龍聖の姿に、皆が唖然としている。 龍聖は居心地が悪そうに、背中を丸めて俯いている。その背中を竜臣はバシッと叩いた。 「背筋伸ばせよ。もう、昨日までのおまえはいないんだ」 「そう、だな……」 (昨日までの俺はいない。昨日までの俺は捨てんだ) 龍聖は心の中で呟くと、背筋を伸ばし真っ直ぐ前を向いた。それを竜臣は隣でほくそ笑んで見つめた。

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