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第8話

龍聖が江藤家に居候するようになって、一ヶ月程が経った。 その間に、今まで住んでいた貸家は引き払い、溜めていた家賃は桐生が清算してくれ、荷物も必要な物以外は処分された。 龍聖たち兄弟も生活に馴染み始め、龍聖は以前のようにオドオドした事はなくなり、いつも竜臣の傍らにいた。 龍聖は元プロボクサーである銀二にボクシングを教わっていると聞いた。その為か体型が徐々にガッチリとし始め、前以上に逞しい体型に戻りつつあった。 双子たちはすっかり明るくなり、今では育ちの良いどこぞのご子息に間違えられ程だった。竜臣はそんな双子を可愛がり、桐生と千夏もまるで自分たちの子供のように可愛がっていた。 あまりの溺愛振りに、龍聖は贅沢が当たり前になる事を不安になっていた。 それを口にすると、死ぬ程辛い思いをしたんだから、そのくらいいいだろう、と龍聖の言葉に聞く耳を持つ事はなかった。 この一か月の間、竜臣と過ごし江藤竜臣という人間は、真っ直ぐな性格をしていると龍聖は思った。いい意味でも悪い意味でも素直で、思った事は口にするし、したいと思った事は躊躇わずに行動を起こす。それが、常識外れな事であったとしてもだ。世間一般での常識と自分の考えが一致しなくても、竜臣は感じるまま口にするし、行動する。 そんな竜臣を、少し危ういと感じる事もあった。 龍聖が家に住むようになって、竜臣は普通の学生のように学校帰りに龍聖と寄り道をして帰る事が楽しみになり、銀二の送り迎えを止めた。 龍聖が側にいるようになってから、極道の息子ではなく、普通の男子中学生のような生活をしている自分が、少しくすぐったいような気持ちにもなり、毎日が楽しかった。 龍聖といると、人として通常持ち合わせている感情が湧き上がってくるのだ。 これほどまでに今までの自分には、喜怒哀楽という感情が欠落していたのか実感した。 いつものように校門を出てると、目の前に痩せ細った中年の女が不気味に佇んでいて、竜臣はギョッとした。 「龍聖……」 女は虚ろな目を上げると龍聖の名を呼んだ。 龍聖は戸惑った顔を浮かべ、女を見ている。 「誰?」 なんとなく予想はついてはいた。 「母親……」 嫌悪を露わにした冷めた目を母親に向けている。 「家に行ったんだけど……」 「もう、あそこに住んでないから」 「翼と光は……どこにいるの?」 「俺と一緒にいるよ。だから、心配しないで」 そう言って母親の横を通り過ぎようとしたが、腕を掴まれた。その腕を龍聖は躊躇う事無く振りほどいた。 「何か用なのかよ」 母親は黙って龍聖を見上げいる。 「あんたは俺たちを捨てたんだろ?もう、俺たちに関わらないでくれ」 そう言い放った。 「捨てたなんて……!お金作る為に、少し家を空けただけじゃない……」 「三ヶ月も⁈その間、俺たちはどんな思いをして生きてきたか……!」 あの日の事を思い出したのか、龍聖は涙を浮かべている。 「お金……ない?1000円でもいいの!」 龍聖は絶望したように母親を見た。 「俺があるわけねぇだろ!あんた、バカなのか⁈」 カッとなった龍聖は母親の胸ぐらを掴み、手を挙げていたのを見ると、すかさず竜臣は龍聖の腕を掴んだ。 「おばさん」 竜臣は龍聖の母親の前に立つ。 「今、こいつは俺の家にいる。双子もだ」 「え?」 母親は目を見開いている。 「龍聖と翼と光はオレの家族になったんだ。だから、あんたとはもう無関係だ」 そう言って竜臣は財布を出し、財布に入っている有り金を母親に握らせた。 「もう二度と龍聖の前に現れないで」 行こう、呆然とその場にいる母親を置いて、竜臣は歩き出した。 龍聖は横で隣で鼻をすすり泣いていた。 「悪い……」 そう言って龍聖は制服の袖口で涙を拭った。 「少し……期待した、あの母親に……」 「期待?」 「俺たちを迎えに来てくれたのかと思った」 それならば、龍聖も少し救われただろう。 だが、母親が訪ねてきた理由は、中学生の息子にたった1000円の金の無心だった。 救いようのない母親だと、正直呆れたのは確かだった。 だが、それでも龍聖たち兄弟にしてみれば血の繋がった、たった一人の母親だ。本当は、母親と暮らすのがいいというのはわかっていた。だが、龍聖が自分の側を離れる事は許せなかった。 借金が無くなったと知れば、あの母親の事だ、また借金をするだろう。借金がチャラになったなど絶対に言わない。そんな事を言って、龍聖を連れ戻されてたりなどしたら、自分は龍聖の母親を殺すかもしれない。 そう考えが過ぎり、龍聖がいなくなる事を想像した途端、涙が溢れてきた。 竜臣は龍聖の胸ぐらを掴むと、 「母親が迎えに来たって言ったら、おまえは母親に着いて行こうと思ったのか?俺は絶対そんな事は許さねーからな!」 揺さぶりながらそう言うと、竜臣は子供のようにポロポロと泣き出した。龍聖は、竜臣の泣き顔に驚き、見開いた目で竜臣を見つめている。 だが次の瞬間、龍聖は竜臣の頭を引き寄せると自分の額を竜臣の額押し付けた。 「行くわけねーだろ。俺はおまえに命預けたんだ」 そう言って、泣きじゃくる竜臣を抱きしめた。 桐生の調べによると、母親は温泉地で住み込みのコンパニオンの仕事をしているという。龍聖には言えないが、おそらく売春紛いな事をしているんだと思った。

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