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第1話
「なあ、西田。酒言葉って知ってるか?」
隣に座る神谷が発した甘くとろけるような声は、目を背けていたはずの西田の思考を呼び戻すには充分すぎるほどだった。
「……それは私ではなくアキさんに聞くべきことでは?」
「アイツは口説かれる側だろ」
「では高崎さんなどいかがでしょう」
「あの野郎は色恋に興味がねえ。アイツが好きなのはこれだよ、これ」
神谷は右手の親指と人差し指をくっつけて輪を作り、西田の眼前にチラつかせる。たしかに西田にとって高崎は上司にあたる男だが、彼の金に対する汚さは正直ついていけないと感じる部分も多々あった。
「聞いてるか、西田。高崎の野郎、俺のオンナにすっかり気に入られたようだぜ」
「それを私に言われても……」
高崎よりもさらに上役である男・神谷が西田の隣に座っているのだが、この人もこの人で由々しき問題があった。
「ところで神谷組長。車内でイくのはやめてください」
「イかねぇよ。イったらお前の勝ちだからな。俺は負けず嫌いなんだ」
西田が所属している組のトップである神谷はブラックスーツの上から胸部を圧迫するように緊縛された状態で、若頭補佐の西田の隣に座っているのである。しかも夜の新宿を走る車の中だ。
職務帰りだというのに、なぜ敬うべき組長が縛られているのかというと、それは他ならぬ神谷自身の提案であった。
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