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第3話

「ああ、兄貴。ただいま」  近づくほどに濃厚になる、アルファを誘うフェロモン。  自然とやわらかくなる声は、怯えさせないように。  やさしく微笑む顔は、不安にさせないように。  ゆっくりと伸ばす手のひらは、逃れられないように。  熱に浮かされ無防備に預けられる頬。 「……ぁ、俺……こんな、散らかして?」  一瞬戻った理性で周囲を見回して、己が無意識に作った巣の存在に気づく。 「ごめ、片付け――」  手にしていた、紫音の下着を離そうとするのを阻止する。 「上手くできている。安心するんだろ?」  安心、と紫音の言葉を口の中で反芻した兄は、トロリと蠱惑的(こわくてき)に笑む。 「……あ、れ? 学校は?」 「教授の都合でなくなった」  もっともらしい嘘をついて、彼の意識をそらす。そんな些細なことよりも、自分には目の前の兄の方が断然優先度が高い。  捕らえたままだった頬に口づけを落とし、ついで唇を食む。ちいさく声を漏らして絡ませる甘い舌。溢れる唾液はどちらのものか。 「……ふ」  ベッドに兄を倒しながら、首筋を伝った唾液を押し返すようにして舐め上げる。 「昨日シタばっかりだけど、相手してくれる?」 「……しかた、ない、な」  兄の目に確かに灯った欲望を確信しつつ、一応お伺いを立てる。そらされる視線に内心ほくそ笑み、同時にまだ残っている羞恥を知る。  きっちりと整えられていたワイシャツを剥き、追うようにして口を落としていく。朝日を浴びた兄に見惚れたのだったと、今朝を遠い日のように振り返る。 「ん……」  裾を引き出される。感触を確かめ熱を分け腹筋を撫でる、相手の手のひらに煽られる。 「……ん。イイ、兄貴」  吹き込むように耳元で囁けば、一度は止まった動きが再開されより大胆となる。いつの間にか寛げられたウエストから差し込まれて直接触れられる性器。同じようにして裏筋を辿ってやれば、眼下に声もなく身もだえる姿が。 「一回抜く?」  屹立を示せば、荒い息のまま言葉もなく首を振られる。問うたくせに、捩る腰を抑えて裏筋を摩りキスを繰り返す。  紫音が自らの後口を準備し終える頃には、兄はグズグズになっていた。 「……ぁ、ダめぇ……」  微かに漏らされる言葉は、拒否になっていないといつ気づくのか。  兄を跨いで屹立を支え、自らに迎え入れる。すぐに紫音の内部で弾けた兄を揉みしだくようにして腰を回し、悲鳴のような嬌声が心地よく耳をくすぐる。 「……ぁ、ぁあ」  これでは、どちらが犯しているのか解らない。  紫音から滴る汗が兄の肌を伝い、それにすら声を上げる。  ――堪らない。  絡まり合う、濃厚なフェロモンが二人を包む。  逃しきれない快感に全身を赤く染め、作った巣の衣類に縋るのにすら妬ける。両腕を捕え、奔放に追い詰めると高い声で啼く。 「……ふ、ぁんンッ……」  潤み滴を零す兄の目尻に口を寄せ、名残惜しく彼の屹立を解放する。  額に張り付いた髪をかき上げつつ力なく兄の投げ出された四肢を見れば、前だけでなく後ろもとろけて汁を滲ませている。 「……ぁ、ん……ゃ、ぁ」  普段の睦み合いでは使われない兄の孔。這わせた指は、粘性を持つ体液に塗(まみ)れる。  知らず口角を舐め上げ、紫音は目を眇める。  努力を重ね強くあろうとする兄は、自らが奉仕されることが得意でない。  彼は弟である自分の先を歩く年長者として、賢くあろうとしている。社会的立場を担い、責任を果たそうと努める。血を分けた兄弟で愛し合うことへの世間の目や倫理観などを自らが盾となり背負いながら、無意識のうちに紫音への軽減を図る。  アルファである紫音を、オメガである兄が守ろうと必死になっている。 「っあ、ぃあぁぁ……」  紫音の指が兄の内部を暴いていくのに比例するよう、深まる甘い匂い。時折不随意に跳ねる身体に焚きつけられる欲望。  忘れてしまえばいい。  勝手に他人が作った、下らないしがらみなど。  考えに囚われ虚勢を張るのは、裏返せばソコに劣等を感じている証拠だ。  バースが分化する前からコツコツと積み重ねた己を壊されていく恐怖。それを乗り越えるために、さらに向上しようと背筋を伸ばす。いくら抑制剤や他の薬があるとはいえ、抗うことのできないバースに思い悩んでいるのは知っている。ひとり部屋の隅で声を殺しながら涙していたのも。向き合おうとして、未だ受け止めきれないことも。  そんな強くもあり弱くもある兄が、紫音にはとてつもなく愛おしい。 「……ぁ、……ぁ」  力の入っていない爪先を掬って食む。舌を這わせて、指の間をいじめる。たったそれだけでも、ちいさく漏らす声に弧を描く口角。  溺れればいい、自分だけに。 「兄貴」  持ち上げられる瞼。奥の瞳はどこか虚ろ。 「入れるぞ」  言葉少なに宣言し、腰を進める。  先ほど紫音の後口が飲み込んだ屹立はちいさく震え、今度は蜜を垂らした孔が招き入れる。 「……ぁあああぁ、あアッ!」  灼けるように熱い、兄の隘路(あいろ)。  奥歯を噛みしめ、少しずつ探る。 「……ぃ、あぁ、しお、しぉん……」  途切れ途切れの声が、小気味よい。  蠕動する内部に猥雑に扱かれ。  振り切るようにして奔放に動けば、声もなくのけぞる喉仏。  噎せるほどに充満し絡みつく、互いのフェロモン。  縋るものを求め、宙を切った手のひらを握り込む。 「……あ、ぁ……あぁ」  すべてを挿入し、最奥を確かめる。  手草に兄の白濁を伸ばしてやれば、たったそれだけで極めたらしい。  己の一物が収まった腹部に手をやり、外からも存在を確認する。  引きつけのようにもがく様すら、愛おしい。 「……ひぃぃィッ!」  羽化する。  紫音だけのために。  普段は幾重にも殻を被り、処世術を身につけた男が。  あと、ひと押し。 「……葉槻(はづき)」  耳元で吹き込むようにネットリと低く囁く。 「愛している」  トロリと、あまく、とける。  涙に濡れそぼった瞳が変化していく様を、紫音は間近で拝んでいた。 「……ぁ、ほし、ほしぃ……おねがぁ……っあぁあアああぁっ!」  征服感が堪らない。  兄としての威厳が崩れ落ち、自分の番へと変わる――この、瞬間が。  流し目で、腰を揺らし、全身で雄を強請る。  こじ開けた最奥に逐情する。  しゃくり上げているのを無視し、欲望のまま最後の一滴まで塗り込め。  腰を引き上げた体勢で再び突き上げ、眼下のうなじから目が逸らせない。  繰り返し施したマーキングの痕は消えないだろう。  それでいい。  自分には兄しか、兄には自分しか必要ないのだから。  いとおしい番の匂いを胸いっぱいに嗅ぎ、口を寄せる。同時に種を蓄えた腹に手を当てる。 「ひとつになれると、いいのに」  発情期ははじまったばかりだ。 「楽しもうか」

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