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第1話

弟が死んだ。 永く闘病していたとか持病があったとか、そういうことではなく、事故での突然死だった。 大学を卒業し、就職した矢先だったため、心ない親戚たちは仕事での心労の末ではないか、などとデリカシーの欠片もないことを噂する。 (さすがに、そんなことはないと思うけどな) 線香のにおいに包まれ、いまだ喪服をまとったままの冬彦は、懐かしい弟の部屋にあった。 子供部屋からそのまま青年期の仕様にした、ややこじんまりとした部屋だった。 六つ離れた兄である冬彦は、就職を機に既に家を出ている。家に残したのは母親と弟の二人。父は随分むかしに他界していた。 つまり母親はこの実家に一人となる。将来のことを考えると、やはりこの家に戻るのが妥当なのだろうが、いますぐにその答えを出すことは難しい。 「少しやっておくか……」 低い声を、小さく響かせて冬彦は己を奮い立たせる。 母親は、愛した息子の死に向き合いことが出来ず、兄である彼が遺品を整理することになっていた。 やはり長く二人で暮らした息子の死は、母親にとって越えがたいことなのだろう。 特に趣味もないと思われる弟の部屋は、やはり荷物が少ない。 机回りにぽつんと置かれたノートパソコンは、データをどうにかしたら母親の暇つぶしにでもしてやろう。とタッチパッドに指をすべらせ思案する。 (あとは服……なにか着られそうなら形見にもらうかな) クローゼットを開くと、大した量のないハンガーに服がぶら下がっている。 普段着、仕事用スーツ、高校時代の制服……色々物色するが、形見になりそうなものはなかった。 恐らく制服は母が捨てたがらないだろうし、他の衣服に関してはどうしようもないので、処分するしかないだろう。 「あ……」 スーツのハンガーに引っ掛けられていた紺と白のストライプ柄をしたネクタイが、ひらりとはずれ、蛇のようにしなって落ちた。 服の間から手を伸ばして拾うと、クローゼットの奥に、まるで隠れるように箱がある。大きさにして、いまリビングに在る骨壺くらい、だろうか。 「……? エロ本か?」 なんとなくその箱が不気味に見えて、そんな冗談を一人ごちる。 そろそろと手を伸ばし、冬彦はそれをひっぱり出した。 意外な重さを感じた。念のため抱きかかえるようにして運び、先ほどノートパソコンをいじった机に移動させる。 箱は布にくるまれ、頭の上で結ばれている。恐恐としながらも、冬彦はその結び目を一気に引き抜いた。 「……人形?」 ふわりと布が外れていくと、透明なプラスチックの壁に包まれた人形が現れた。一瞬、自立しているのかと錯覚したが、腰のあたりからスタンドに支えられているらしい。 人形が纏うのは、真っ白なドレスのようなワンピース。(だろうか。冬彦に判断はつかない) フリルやレースをふんだんに使ったその衣装は、やや目に眩しい。いや目に痛いほどだった。 「あいつ、こんな趣味あったのか……?」 それとも、彼女のものだろうか。いたとは聞いたことはないが、いないとも聞いていないので、その可能性も捨てきれないだろう。 ふわふわのブロンドヘアに縁どられた頬はふっくらとして、頬紅のような桃色がいじらしい。睫毛は長く、その奥から黒目がちの双眸が冬彦を見上げている。 小首をかしげたようなポーズは可愛らしいといえるのだろうが、亡くなった弟の部屋では、そう思うのは心情的にも難しかった。 少し悩んだが、冬彦はそれをそっと自分の車に運んだ。母親が見て変な勘違いをしたら可哀想に思ったのだ。今はあれ以上、心を波立たせないほうがいい。 特に早急に処理しなければならない品もなさそうなことだし、冬彦は業を切り上ると、人形を乗せた車で帰路を走った。

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