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第1話 発情期にアダルトショップでヒートを起こすという、ベタな行動を取る自分のつがいが想定外だった

【まえがき】  このお話は、fujossyのラルーナ文庫先読みで公開されている、「真面目なアルファさんをオメガが熱愛します」(9/20発売)の番外編です。  文庫もこの番外編も、「攻めが恥ずかしい目に遭う話」です。この萌えについては、あとがきで語ります。  以下、文庫のあらすじです。  (しら)(ふじ)(あや)()はオメガの派遣プログラマー。プログラムが大好きで、一生この仕事をしたいと思っている。  不遇な境遇の中、そんな希望を持てるようになったのは、派遣先の会社であるラボシステムで、すばらしいプログラムに出会えたからだ。そのおかげで綾斗はプログラムがめきめきと上達し、今度、正社員になれることになった。  その人生を変えてくれた、すばらしいプログラムの作成者の名は()(じょう)(しげ)(はる)。社長の息子でアルファだが、綾斗が入社する前に別の会社に移っており、綾斗はどんな人なのか知らない。  綾斗にとっては、九条はプログラムの神様であり、自分とは違う次元に住んでいる。そんな感覚だったのだが、なんと仕事でその九条と会えることになる。  そして、その仕事の打ち合わせの最中に突然ヒートがきたのがきっかけで、「誰もつがいにする気はない」と言う九条と交流するようになり、紆余曲折の末、二人はつがいになった。  ところが、その過程で、九条の完璧じゃないところや弱さを見た結果、綾斗は「かわいい九条」が大好きになってしまい、九条が本来の強さを取り戻した今も、九条のかわいいところを見られると喜ぶ(つまり恥ずかしいプレイをしたがる)ようになっていた。  ※この下から、番外編「真面目なアルファさんはつがいを満足させるまでアダルトショップから出られません」が始まります。  定時を過ぎた頃、九条重春が会社に戻ってくると、見知った顔と目が合った。 「よぉ」  喫煙所で煙草を吸っていた中年の男に声をかけられる。前の会社にいた頃、九条に「いつでもうちに来てよ」と声をかけてくれた横沢(よこさわ)という営業の男だ。九条がここに入ってからしばらくして、横沢は支社に異動になったため、以後会っていなかった。 「ご無沙汰しております」  九条は笑って返し、喫煙所に入った。他には誰もいないので気兼ねなく話せる。 「結婚するんだって? おめでとう」 「ありがとうございます」 「相手の人はオメガ?」 「はい」  それから互いの近況を話した。久しぶりだったので話が弾み、横沢の何本目かの煙草が終わりかけた頃に、横沢がしみじみと言った。 「しかし、変わったなぁ」 「何がですか?」  横沢は顎をしゃくり、九条を示した。 「落ち着いたというか、空気が柔らかくなった。前とは全然違うよ」  だろうな、と思う。  ここに来る前からつい最近まで、九条は心に大きな闇を抱えていた。それが解消されたのだから、今では気持ちのありようが大きく変わっている。 「アルファはつがいができると変わるよなぁ。そのオメガとは、どこで知り合ったんだ?」 「仕事で知り合いました。前の会社――ラボシステムに、新しく入ってきた人なんです」 「前の会社って、お兄さんの会社だろ? ああそれで、アプローチしやすかったとか?」 「アプローチ……」  したか……? と一瞬思い返す。  していないわけではない気がするが、アプローチというよりは、危機回避のためという方が近い。そして彼――綾斗と関わるにつれ、急速に惹かれていった。 「もしかして、アプローチは向こうから?」 「あー……まあ、そう、ですね」  どちらが先に好きになったかと言うと、それは間違いなく綾斗の方だろう。何せ綾斗は、出会う前から九条のことを知っていた。  プログラムの神様。  綾斗は九条のことを、そんなふうに思っていた。ラボシステムで九条のプログラムを見て、惚れ込んだのだそうだ。それはつがいとなった今でも、その尊敬や憧れが垣間見えることがある。  横沢はへぇ、という顔をした。 「アルファは自分が気に入る相手を選りすぐって結婚するもんだと思ってたよ。オメガにほだされる、なんてこともあるんだな。どんなところがよかったんだ?」  どんなところ。  頭の中に綾斗を思い浮かべる。九条の目から見ると、綾斗はいつもきらきらと輝いている。 「明るいところ、ですね」  彼の一番の長所を言うとそれなのだが、その一言だけでは物足りない気がして、彼のイメージをより具現化させる。  目がくりくりと大きくて、いつも九条にしっぽを振っている。帰宅すると全力で玄関に走ってくる小型犬のチワワ。彼のイメージはまさにそれだ。  だが、それを「チワワなところがいいです」と言っても、何も通じないだろう。むしろオメガをペット扱いしていると誤解されそうである。他に何かないだろうか。 「ああ……少し危なっかしくて、放っておけないところがあって、そこが」 「ん? それは結婚相手としてはマイナスじゃないか? 恋人の間はいいだろうけど、結婚したら苦労するぞ。……って、もうつがいになってんだったら、どうしようもねぇか」  九条は笑って頷いた。  それはそうかもしれないが、もし彼が隙のないよくできたオメガだったなら、自分が彼に関わる余地はなかっただろう。  そういう意味では、彼が少し無防備で抜けているのを、九条は愛しく思う。それで結婚後、苦労することになっても全然構わない。  綾斗は、自分を地獄から救ってくれた。  自分が今、こうして幸せに生きていられるのは、彼のおかげだ。間違いなくだ。  自分は彼のものだ。  自分の命も、人生も、彼なしでは意味がない。そう思えるほど、彼はかけがえのない存在だった。苦労なんて、いくらでも喜んでする。  それから横沢と別れ、事務室に戻って仕事を片付けていると、携帯端末に電話がかかってきた。ちらっと目を走らせると、綾斗からだった。  ……?  席を外して廊下で電話を取ると、切羽詰まった声が聞こえてきた。 「……あの……す、すみません……僕っ」  その震えるような声で、オメガの発情――ヒート――を起こしているのだとすぐにわかった。緊急事態だ。  聞くと、仕事帰りに寄った店でヒートを起こしてしまい、今、トイレにこもっているのだという。  もうつがいになっているので、綾斗のオメガフェロモンが他人を誘惑することはないが、綾斗自身がまともに動けない状態であり、帰れない。特効薬も持っておらず、ヒートを鎮めることができない。だから。 「わかった。すぐ行く」  店の名前を聞き、通話を切る。九条はすぐにデスクを片付けて会社を出た。  それにしても、外でヒートを起こすというのは想定外だった。  つがいになってから綾斗の発情の症状は軽くなっており、発情期であっても、性的に興奮しなければヒートは起きなくなっている。つまり基本的に、突発的にヒートを起こすことはない。だから、かさばる特効薬を持ち歩くこともなくなっていた。  だが、つがいになってから、まだ日は浅い。想定外の体調の変化も考慮しておくべきだったかもしれないと思いながら、店名を検索し、携帯端末が示す最短ルートでたどり着き、その店を見上げた。  そう、見上げた、だ。  店というか、ビルだった。  そのビルの側面はガラス張りになっていて、商品が展示されているのだが、全フロアから濃い空気が漂っている。「圧倒的吸引力」という決定的な広告を見るまでもなく、そこはアダルトグッズの専門店だった。  ……。  九条はしばし、その場に立ち尽くしていた。  発情期にアダルトショップに行ってヒートを起こすという、それはないだろうというぐらいベタな行動を取る、自分のつがいが想定外だった。 「……」  九条は頭を軽く振り、気を取り直した。  とにかく、起きてしまったことは仕方ない。早く彼を救出しよう。  そう思って――若干、店に入るのを躊躇する。  九条はこういうアダルトな店に、今まで一度も入ったことがなかった。  ……いや、これしきのことで躊躇している場合ではない。中で綾斗が待っているのだ。  その怪しげな敷居の高さを踏み越えて、九条は中に入った。  何階のトイレかは聞いていなかったが、ビルの中に入ればあとは問題なかった。九条にしか効かないオメガフェロモンをたどれば、自分のつがいの元にたどり着ける。九条は、どぎついピンク色のグッズが所狭しと並べられた店内を迷いなく突き進んだ。  しかし。 「……」  すれ違うたび、客からちらちらと視線を向けられているのがわかり、落ち着かない。自分の何がおかしいのか、九条はまったく心当たりがなかった。  ――おかしいというか、見た目だけでアルファだとわかるような立派な人間が、つがいの危機に奮起し、アルファのオーラ全開でアダルトショップの店内を突っ切っているという光景がシュールだったからだが、そんなことは本人にはわかるはずもない。  とにかく今は綾斗を救出することだけに専念しようと、九条はこれからのことを脳内でシミュレートした。  トイレに行き、綾斗を背負ってこの店を出て、近くのラブホテルに直行する。ラブホの位置は把握済みだ。  走れば三分。自分がアルファの発情――ラット――を起こす前に、ラブホの部屋の中に転がり込めるはずだ。  オメガのヒートは、アルファの精を体中に注げば鎮めることができる。綾斗は発情期には避妊薬を飲んでいるので、ラブホに入れば、あとは綾斗を存分に抱けばいい。  そう完璧にシミュレートしたところで、三階のトイレにたどり着いた。

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