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prologue~春、新しい季節~【歩】
「……とりあえず、今日のところはこんなもんだね。ハイではサヨーナラ」
四月になり二年に進学はしたもののこれと言って大きな変化もない。この学校では一年から二年への進学ではクラス替えもないし、担任もほぼ変わらない。うちのクラスも例外ではなく、相変わらずあまりやる気を感じられない担任は、必要な事柄をサクサク伝えてサクサク決めて、始業式後のホームルームを最速で終わらせた。無駄に今学年の目標は~とかやらせる教師より大分楽だが、おかげでますます新学年も新学期も代わり映えのしない毎日って感じがして、少し味気ない気分になった。
別に刺激的な変化を求めているわけではないのだけど。
「歩 ~!今日さ、帰りどこか寄って行こーぜ」
そう誘いながら僕にピタッと張り付いてくるのは幼馴染みの宇佐美 悠 だ。
悠はとても可愛い。まばたきすると音がしそうな睫毛に縁取られた目はクリッと大きく、頬っぺたは薔薇色、血色のいいふっくらとした唇、文句なしのまれに見る美少年である。
しかし、今はその花の顔 を拝むことはできない。もっさりと厚く垂らした前髪がそれを隠しているからだ。
天使のようなとは使い古された表現だが、小さいころの悠は本当にそうとしか言えないようなそれはそれは可愛らしい子どもで、その分余計なものを惹きつけた。痴漢、変質者、ストーカー……。男女、年齢を問わず危ない人種というのはどこにでも転がっている。それも普段はそんな本性を表すこともなく、優しい顔して近づいてから標的を毒牙にかけようとするような、限りなく質の悪いのもいる。幸いなことに、最悪の事態になる手前で止められてきたと悠の家族からは聞いているが、何度も危険な目にはあっている。
その結果悠は極度の人見知りになった。中学の頃なんかは家族や僕以外の人に自分の顔を見られるのも嫌がるようになったし、相手と目を合わすのも無理。会話なんてもっての他だった。先生相手とかでも無理だったから、進路相談の時なんて先生に泣きつかれて、なぜか僕が一緒に受けることになったりもした。
高校に進学してからは、出会った友人二人が優しくて穏やかで、少しずつ悠の心をほぐしてくれた。今では悠もその二人には安心して付き合うことが出来るようになった。一生このままだったらどうしようという心配もあった僕は、心底ほっとしたものである。
悠自身も少しは回復しているのかもしれない。それと一年も一緒に過ごすと、本当は悠の顔がとても秀でていることに気づいているっぽい人もクラスには多くいるのだけど、何となく事情を察して配慮してくれているようで、ありがたいと思う。このクラスメートなら、もう少し悠の世界が広がってくれるかもしれないと少し期待もしている。
「なあ、歩!聞いてる?」
「ハイハイ。わかった。わかったから離れて。苦しい」
少し考え事をしていて返事が遅れたことにじれたのか、悠が首にしがみついてきた。小柄な悠に抱きつかれても、ほとんどの男子なら揺らぎもしないのだろうが、残念なことにそれよりさらにミニマムな体形な僕にとっては、毎回死活問題だ。
悠は本当は寂しがりの甘えたがりだ。それなのに安心して甘えられる人が少ないせいもあるのか、甘えられる人間には余計べったり、スキンシップ過多になる。特に僕に対しては欠片も遠慮がないから、たまに圧迫死の危機にさらされる。
「うお!またやっちゃった!ごめんなぁ」
謝りながらも僕の手をにぎにぎし続ける悠は可愛い。顔は見えなくてもやっぱり可愛いから、つい、いいよ、それでどこ行こうかと甘やかしてしまう僕もあんまりよくないよなぁとは思っている。
「優希 も行く?あ、もう部活か」
細身でスラッとした日辻 優希は陸上部のマネージャーをしている。中学までは本人も選手だったらしいけど本人いわく、俺にはあまり走る才能がないとのことで、高校からはマネージャーに徹しているらしい。走れる人が万全な状態で走ってくれるように、出来る限りの準備をする方が向いてるし、好きなんだと色々と吹っ切った穏やかな顔で笑っていたから、多分優希は本当に後悔はないんだろうなと思った。
「たっくんは?」
「僕も部活だよ」
たっくんこと牛島 匠 は美術部だ。身体は大きくてがっちりしているけど、いつも穏やかでおおらか、ゆったりしてるから威圧感は感じない。専門は日本画らしい。日本画と油絵のちゃんとした区別もついていない僕には、絵画とか芸術のことはよくわからないけれど、匠の絵は繊細でとても綺麗なのに優しくてあったかい感じもして、好きだなと思う。
「そっか。二人とも今年も部活で忙しそうだね」
「そうかも」
「休みの時にはまた遊びに行こうな」
「そんなしょぼーんってしながら、言わなくても……。また行こうな」
そういって柔らかく微笑む優希と大きな手で悠の頭を撫で回すたっくん。本当にいい友人に巡り合えたものだ。
このままなんとなくこの穏やかな友人達と何事もなくこの一年も過ぎていくものだと、そう思っていた。
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