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可愛いあの子【大樹】[1]

 一目惚れなんて、映画や少女漫画みたいなツクリモノの中にしか存在しないと思ってた。  休み時間に日辻に渡すものがあって2-Cの教室まで歩く。新学期は始まったばかりだが、インターハイの地区予選はもう直ぐだ。俺は100、200と100×4リレーと、典型的な短距離専門。一時期はすすめられて幅跳びとかもやってたけど、俺は速く走りたいだけだったから結局やめた。自分がやりたいようにやりたかったから、いわゆる強豪校の誘いもあったけど、そこそこの成績だったこの高校に進学した。成績とか記録とか目指してストイックにやってる人達しか見れない景色もあるんだろうけど。  日辻は我らが陸上部の優秀すぎるマネージャーだ。タイムの記録やフォームのチェック、よりよいトレーニング方法の研究からマッサージ等々、部員みんなに対しても細々と気の回る奴だけど、特に俺に対しては特別個人的に協力してもらっていると思う。  教室の入り口に到着した途端、中から出てきた誰かがべっちゃっと頭からずっこけた。 「うおっ?!」  アニメか?というくらいの見事なコケ具合に思わず変な声が出る。あーこいつよく日辻と一緒にいるちまっこい奴かな?普段でかい奴とかにひっついてうつむいてるから顔はあんまり見た記憶がないんだけど、と思いながら、全く動く気配のないそいつが心配になって、大丈夫か~?どっか痛くないか~?とか声をかけながらそばにしゃがみこむ。つい幼児に向かって言ってるようになってしまったのは許してほしい。  声が届いたのか、上半身だけ起き上がったそいつの顔があらわになったその瞬間――俺は息をのみ、心臓も一瞬止まった、と思う、多分。  うるうると涙を浮かべた円らな瞳、白い肌にピンクの頬っぺたは思わず触りたくなるくらいすべすべ、ふわっとした栗色の髪。  そして、そんな一級のパーツ揃いの顔をくしゃーっと歪めて、全力でイタイ、カナシイと訴えかけてくるその表情にぐっと惹きつけられてしまう。  こんな可愛い生き物が存在していいのか?  身体も頭もすごく熱くなって、心臓がバクバクなっている。なんだこれ? 「だ、大丈夫かほら、け……怪我してないか、でででこ、赤くなってる」  なぜだか挙動不審になってる自分自身に気付くこともなく、赤くなったおでこが心配になり、そこに触れようと手を伸ばしたが…… 「嫌ーーーーーーー!!!」  その子は俺の手を思いっきりはね、教室に逃げ込んでしまった。  …………き、キラワレタ?!  ショックで今度はこちらが動けなくなっていたら、よく知った声がかけられた。 「あぁ。馬場(ばば)、悪いね」 「日辻……お、俺何かしたか?」  立ち上がったものの動揺はとまらない。俺がこかしたわけでもないし、見られたくなかったのか? 「あの子は重度の人見知りで……。あの顔まともに見ただろ?そうすりゃ色々予想つくだろうけど、ちょっと嫌な思いも色々してきたみたいで、懐いた人間以外に触られるの駄目なんだよ。だから馬場が特別何かってわけじゃないから気にしないで」 「あぁ……うん。なるほど」  そりゃあれだけ可愛いけりゃ、小さい頃から変なやつに絡まれたりなんて簡単に想像出来る。俺が今まであの顔を知らなかったのも、多分長めの前髪で顔を隠しうつむき気味にしているところしか見たことなかったからだろう。ちっちゃい背丈のやつにそうされたら大抵のやつは顔なんてまともに見えなくなる。それは適切な防衛方法だったのかもしれない。  けれど―― 「勿体ない。あんなに可愛いのに」 「馬場?」 「あんなに、可愛いのに……」  一瞬ものすごくぎょっとした顔になった後、日辻はため息をついて俺に忠告してくる。 「あのな、わかってると思うけどここ男子校。だからあいつも男だよ?別に俺はゲイへの偏見はないけど、身近な人間を気軽に女の代わりにしようとするやつは軽蔑するわ」  全くもって正論である。  ただ、違うんだ。確かに可愛かった。それしか知らない。今まで見かけても興味もなかったし、それが顔見た瞬間可愛いとか言い出すなんて、不誠実にも程があるのは認める。だがしかし――  ただ、可愛い子をみたいだけでこんなに心臓は鳴らないし、身体も熱くならないと思う。  これは恋だ。一目惚れだ。  そんな、確信があった。 「俺、本気であの子に惚れた」 「はぁ!?お前ちょっと前まで彼女いただろ?」 「いた」 「だったらノーマルってことだろ。アイツは……」 「いや、男とか女とか関係ない。正直今までの彼女にここまでドキドキしたことない。これが好きになるってことなんだな」  言葉にしていけば行くほど、自分の想いが確かになっていく。  今まで告白されて自分も悪くないかな?と思って付き合った彼女はいた。でもこんな見たい、知りたい、触れたいという衝動を感じたことはなかった。恋愛感情ってこういうことなのか、と初めてわかった気がする。今までの彼女には自分なりに誠実に付き合ってきたつもりだったけど、こういう感情を向けられることを望んでいたのかと思うと、少し心苦しくもなったし、もういいと離れていった理由にも納得がすることができた。  とにかく今俺は、あの子のことをもっと知りたい、あの子に俺のことを知ってもらいたい。 「なあ、あの子の名前教えてくれよ」 「……」 「おい、日辻?」  あの子が去っていった方を向いたまま、ほかほか浮かれた気分で聞いたが返事がない。疑問に思って振り替えると、なぜか蒼ざめた日辻が目の前にいた。 「お前顔色悪いぞ?」 「誰の、せいだと……」 「あ、そっか。そうだよな、突然言われても気持ち悪いか?」  突然友人が男を好きになったと言われても、受け入れられるとは限らないよな。つい勢い余ってしまったけれど、この先は気を付けなくてはならないなどと思ったが、日辻は蒼い顔のままぶんぶんと頭を大きく振った。 「違う!気持ち悪いとかじゃない、絶対に!それは違うから……ただ、俺は……」  そういうと日辻は顔を片手で押さえて深くため息をついた。 「ごめん、何でもない。気にしないで。うん。ただ悠はさ、あぁ、あの子宇佐美悠っていうんだけど、本当に難しい子で……無神経にずかずか来られたらホント怯えちゃうし、可哀想だから悠の友人としてそれはやめて」  宇佐美悠君っていうのか。  ようやく名前を知れて、どうやったらそんな彼に近づけるかとか、悠君のことばかりに意識が行ってしまって、日辻の顔色についてはその片隅に置き忘れてしまった。 「じゃあまず、俺に慣れてもらえばいいの?」 「まあ、別に近づくなとかは俺が言えることじゃないし」 「わかった」 「ただし、あの子には遥かに高い壁がついてるぞ?」 「壁?」 「壁。もしくは保護者」  その壁こと保護者が目の前に現れたのは翌日のことだった。

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