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可愛いあの子[2]
朝練が終わってすぐ2-Cの教室に向かう。
中を覗くと何となく日辻の友人として認識してたでかい奴、そのそばに悠君と、そしてさらに小さな奴がいた。
「おはよう」
そばに近寄って挨拶してみると、悠君はその小さい奴の背中にぴゅっと張り付いて、顔が見えなくなってしまった。いいなー可愛い。あれ、俺にもやってくれないかな?
「あれ、アンタ陸上部の?優希はまだ教室来てないよ」
小さい奴が不審げな顔で言う。
「いや、朝練終わってすぐこっち来たから、日辻はまだ多分グラウンドとかだと思う」
「え?じゃあ何か用?」
「えーと……そう昨日!昨日悠君が大丈夫だったかと思って……」
「……昨日?“ゆうくん”だって?」
小さい奴の雰囲気が一気に凶悪なものに変化する。少年漫画ならゴゴゴゴゴ…………と効果音でもついてきそうだ。
「いや、ほら……あれだ。教室出るとき盛大にコケてたから、気に、気になって!」
「あぁ、優希がなんか言ってたのってあんたか。ハイハイ別に悠は大丈夫だったから。わざわざ心配してくれてアリガトウ。はいどうぞ、お帰りください」
ものすごい棒読み早口で言ってから、最後はニッコリ笑顔を送られる、……がしかし、目が、目が笑ってないよ。
昨日日辻が言ってたのはこういうことか。これにびびっていては悠くんに近づけないのだ、と俺は理解した。
「いや俺は……っていうか、お前は……」
「僕は根津 歩。悠の幼馴染みだけどなんか文句ある?」
「イエ、ナイデス」
すごい威圧感だが根津の身体が小さい分、何やら小動物が一生懸命わが子を守ろうとしている様子にも見えてくる。
圧されていた心を少しだけ立て直して、顔が見えない悠君に向かって自己紹介をする。まずは自分を知ってもらわなくては。
「えーと、俺は馬場大樹 。日辻と同じ陸上部で……」
「ご丁寧にどうも。陸上部だっていうのは知ってるよ。どうでもいいけど」
「いや、俺は悠君に話してるんだけど。ほら、俺はせっかくだから、仲良くなりたいなーと……」
「断る」
「早いよ!」
根津はハア~~~ッと大きなため息をついて、心底うんざりした表情と声で呟く。
「あぁ、もうまた、悠の変態ホイホイか……」
「変態ホイホイ⁈」
「悠はすぐお前みたいな、わけのわからない変態引っかけるんだよ」
「俺は変態と違う!」
「どこが違うんだよ。どうせお前も悠に無理矢理あれこれしたいとか考える変態だろ」
「違う!いや違くないけど、やっぱ違う」
「どっちだよ」
「あれこれはしたいけど、無理矢理は嫌だ。そんなのはしない」
「やっぱ、あれこれはしたいんじゃないか」
あれ?やばいついポロッと本音が出てしまっていた。が、こうなりゃ自棄だ。
「そうだよ。だって俺昨日、悠君好きになっちゃったんだもん。好きだから顔見たいし、声聞きたいし、話したい。出来れば笑ってほしい」
勢いのついた口はもう止まらない。
「だから無理やりとかそんなことは絶対にしない。だってそれじゃあ、悠君に笑ってもらえないじゃないか」
さあ全部言ってやった、と一息ついてから、あれ?俺今告白しちゃったぞと気が付いた。
「あれ?今のは告白じゃなくて、いや、言ってることは全部本気だし嘘じゃないんだけど、根津相手に言いたかったわけじゃなくて、ちゃんと顔見て話せるようになってから悠君に伝えたかったことで、だから今のは告白じゃなくて……」
慌てて悠君にわけのわからない弁解をし始める俺……、あぁダサい。「好き」って言葉はもっといい雰囲気の中で伝えるべき言葉だろう。放課後二人きりの教室とか。
「何をぐだぐだ言ってるんだよ。むっつりか」
呆気にとられた顔をしていた顔をしていた根津が、再び口火を切りかけた時、ハハハッと大きな笑い声がして、見るとでかい奴が笑っていた。
「歩ちゃん、歩ちゃん。ちょっと一回落ち着いて、悠くん見てごらんよ」
たっくんたら何なんだよと不満を言いながらも、でかい奴の穏やかな声に促されて根津は悠くんがひっついたままの後ろに目を向ける。
「は?」
変な声が聞こえて、気になって悠君のほうを見る。お前は見るなとばかりに根津が立ち塞がっていたけど、なにぶん根津の背丈は小さいので、ぐいっと覗き込めば少しは見える。
ちらりと見えた悠君の耳は真っ赤に色付いていた。
「ここまではっきりきっぱり純粋な好意を示されたことって、実は悠くん初めてなんじゃない?」
「は?たっくん何言ってるの?純粋な好意?」
「うん。この一年見かけたのとか、歩ちゃんの話を聞く感じだと、悠くんは自分勝手な感情や欲を向けられたことはあっても、こんな風にまっすぐ好きって言われたことないんじゃない?」
「いや、まっすぐっていうか、かなり支離滅裂だったけど……」
「だから、照れちゃったんだよね」
その柔らかい声に促されて、上半分隠れられてなかった頭がゆっくり縦に動く。
その瞬間、俺の心は天まで駆け上がった。
「え?ほんと⁉まじで?嬉しい。可愛い」
「だから全部もれてるんだって……」
「悠君、俺は君が好きだ。だから君と仲良くなりたい。どうかな?」
根津の後ろからヒャッという小さくて可愛い声が聞こえた。
「あーもう、訳わからない。何なの?やっぱりタラシなの?」
「歩ちゃん、この人は多分大丈夫」
「わかんないよ、そんなこと」
「心配なら歩ちゃんも一緒についていればいい。でも悠くんが嫌がってるのとも違うんだから、歩ちゃんがこの人を遠ざけるのは違うよ」
「もう。たっくんにそう言われちゃうと、どうしようもないじゃないか」
どうやらでかい奴、いやお方のおかげで、俺のチャンスは広がっている気がする。
「俺、悠君に会いたいんだ。また来ていいかな?」
赤く染まった耳のまま、小さく頭が前に動く。
嬉しくて満面の笑みを浮かべたら、髪の隙間からのぞく黒々と輝く瞳と目が合った。
既に煩かった心臓の鼓動がピークに達した。どうしよう。俺今ここで死んでも悔いないかも。いや、まだ俺は何もしていない。ここで死んだらやっぱり後悔する気がする……などとまた下らないことを考えていたら、悠君も耐えられなかったみたいで、根津を引っ張って教室の外に逃げて行ってしまった。可愛い。
ひととおりその可愛さを堪能した後、その場に残っているでかいお方に感謝を伝えた。
「ありがとな。えーと……」
「あぁ。ボクは牛島匠」
「わかった、牛島な。本当にありがとうな」
「ううん。いいんだ。ただ……ボクは自分の見立てがあっていると願っているけれど、もしそれが外れで、君が悠くんを泣かせるような奴だったら、歩ちゃんだけじゃなくボクもただじゃおかないからね」
そう笑う牛島はまた根津とは違う凄みがあって、悠君は友人にとても大切にされているんだなぁと嬉しくなった。
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