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可愛いあの子[3]

 それから俺はこまめに悠君のもとへ通い続けた。根津の目は相変わらず絶対零度だったけど、悠君との関係は進化している、はずだ。多分、おそらく。 どうやら嫌われてはないっぽいし、チラチラと盗み見されるくらいは興味を持ってもらえてる。  ただたまに目が合うと、ヒャッとかうわっとか可愛らしい声をあげて、顔を隠してしまう。その時は大抵周りの友人に引っ付くことが多く、正直羨ましいと思わないこともない。けど、その分自分は意識されているとポジティブに考えることにする。 「悠君、このチョコ新商品なんだけど、食べる?」  悠君は甘党らしい。あと、コンビニの新商品とかはすぐ試したいタイプ。気付いたら、それを利用しない手はない。ここ置いとくね、とチョコの箱を悠君の前に置く。本当は直接受け取ってもらえれば嬉しいし、さらに言うならあわよくばアーンとかしてみたいが、慌てて距離感をつめてもびびって逃げてしまう。これくらいなら大丈夫と何度もの失敗のあとで理解した。  聞こえるか否かくらいの小さな声でありがと、と言った悠君がおずおずと手をのばしかけたが、例によって過保護なあいつが邪魔をする。 「こら。知らない人から、物を貰っちゃだめって言ってるだろ」 「えぇ~。知らない人扱いはひどいよ。こんなに毎日会ってるのに」 「アンタがおしかけてくるだけだろ。このストーカー」 「ヒドい。別に尾行して自宅の場所突き止めたり、盗撮したりなんてしてないのに」 「用もないのに休み時間の度に来る時点で立派なストーカーだよ」 「用はある」 「何の?」 「悠君に会いに来る」 「結局ストーカーじゃん。堂々巡りか」 「じゃ、じゃあ俺は優希の友達だから」 「じゃあってなんだよ。俺をダシにするなよ……」 「優希と俺、友達!優希と悠君友達!友達の友達は友達!友達になるためにーひーとは出会うーんだよ♪どーこのどーんなひーとともきーっとわーかりあーえるさー♪」 「そういう建前だけで構成されてる胡散臭い歌は、現代社会では及びでないんだよ」 「おう。手厳しい」  最近、根津とはこんなやりとりばかりを繰り返してる。ついヒートアップしてしまったが、その間に悠君はちゃっかり俺の持ってきた新商品チョコを食べ終えてしまっていたらしい。くっそう、食べてるとこ見逃した。  そんな俺たちを面白そうにのんびりと眺めていた牛島が、これまたのんびりとした口調で言う。 「しかしまあ本当によく現れるね。休み時間の度にほぼ来てるよね。マメだねぇ」 「流石に移動の前後とかは無理だけどな」 「そのわりに朝とか放課後はあまり来ないね」 「あぁ、今は結構練習あるし」 「……地区予選も近いのに、練習サボってたら流石にキレるな」  日辻が無表情でポツリと言った。  そういえば日辻は最近ちょっと変だ。部活の時は相変わらずてきぱきとこなしているけど、普段は何か考え込んでいる感じで表情が暗い。部活以外の時間で多く接していたわけではなかったから、何となくそう感じる程度でしかないのだけど。 「流石にそんなことはしねーよ?」 「そっか。そうだよな」  薄めの唇の端を片側だけあげて、日辻はまるで泣きそうなような、それでいてほっとしたようなほのかな笑みを浮かべた。俺が陸上おろそかにしないか、心配されてたのだろうか。 「インハイ行きたいしな」 「ん。だな」  大きく頷いた日辻の、クルクルとした天パの髪が揺れた。  いくら恋愛に浮かれている自覚があるとはいえ、俺にとって走ることはそれとは別次元で大切なことだ。別に選手としてオリンピック目指すとかそんなところまで行けるわけではない。しかし、たった一瞬一発で勝負が決まってしまう、そんな緊張感に満ちたトラックで、競り合って走ることの楽しさ、気持ちよさは競技会本番でしか味わえないことで、より高いレベルのところ、行けるとこまではいってみたいという欲はある。だから今、練習を怠るわけにはいかないのだ。  それに俺一人の努力じゃない。俺のためにどれだけ日辻が協力してくれているか、わかっている。やりたいからやってるだけ、まぁ感謝してくれてもいいけど重荷にはしないで、その分思う存分思いっきり走ってよと言ってくれるが、出来ればよりよい結果を出して、そんな日辻に応えたいという想いもある。  そんな俺たちの会話を聞いていた悠君が、俺の前では珍しくはっきりと声を上げた。あくまで目線は日辻に向かってだったけど。 「インハイ予選?」 「のための地区予選」 「速いの?」 「馬場がってこと?」  悠君がこくりと頷く。名前が呼ばれたわけではなかったけど、初めて悠君が俺のことを口にしてくれた。嬉しい。 「速いよ。普通に走れば地区予選は軽く通過できるはず」 「そうなんだ。いいなぁ」 「悠、運動音痴だもんね。スポーツ見るのは好きなのに」 「うるさい。歩には言われたくない。」 「僕は悠ほど壊滅的じゃない」 「いやー……どうだろう?」  日辻の苦笑からこの幼馴染が二人ともあんまり運動が得意じゃないことが分かる。  というか、悠君は今、俺がいるのに素のまま喋っているということに、気付いているだろうか?  だったら、と俺が声を出してみると、悠君はちょっと驚いてまた軽くうつむいてしまったけれど。 「悠君、地区予選見に来る?」 「え?」 「来週の土日なんだ。悠君が見に来てくれたら嬉しいな」 「……」 「あと、ハイジャンとか槍投げとかも見てて結構楽しいよ。スポーツ見るの好きならどうかな?テレビでやってる世界陸上ほどには超人的なレベルじゃないけど、同じ高校生がこんなに跳べるんだとか投げれるんだって近くで見ると多分びっくりするよ」 「行きたい……かもしれない」 「えっ……」 「本当⁉」  正直の駄目元の誘いだったから驚いた。根津も驚いているが、ここでまた過保護が発動されて、行っちゃ駄目なんて言われたら敵わない。 「嬉しい。悠君が来てくれたらもっと頑張れる気がする。待ってるね。きっと来てね」 思わずたたみかけた俺にタジタジとしながらも、悠君はしっかり頷いてくれた。  

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