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第10話
隣りで眠り込んでいる綾の髪を梳く。さらさらとした黒髪が流れて頬に落ちる。その姿に微笑みながら律はそっとベッドから足を下ろした。綾の匂いのする部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んで、肩の力を抜いた。
「……そうだ」
身体をかがめてベッドの下へと手を伸ばす。そっと剥がしたそれは盗聴器だった。
「もうこれもいらないな」
律はニヤリと笑う。
いつもいつも視線で追いかけてきた綾。
川村ミナとの会話を盗み聞きしていた綾。
律に抱かれた後、さめざめと泣いていた綾。
すべてすべて。そのいじらしさも愚かさも愛している。
ずっと綾を愛していた。兄である綾を心から。諦めることはできなかった。どんなことをしてでも手に入れたいと思うようになっていった。初めは嫌われてしまったと思っていた。足首を骨折させ、折々に痛みを感じている綾を見る度に心が痛んだ。だが──。
──綾が俺を想うより深く、俺は綾を愛している。
綾の本当の心を知ってからは、葛藤して苦しんでいる姿を見る度に嬉しさで心が震えた。綾がもっと自身を痛めつければいいと思った。そうすることによって律への愛情がもっと深まるからだ。
壊れる寸前で両手を差し伸べればいいだけのこと。そのボロボロになった心に律の「愛している」は深く刻まれることだろう。
物心ついた時から綾しか見えなかった。
足を悪くさせてしまったことは心底反省しているが、今ではいい口実になると思っている。
一生、綾の面倒をみることができる。離れる理由が無くなった。それは律に仄暗い喜びを与えた。
日々、毎秒、考えるのは綾のことばかり。綾。綾。綾。兄弟? そんな枠はどうでもいい。綾しかいない。綾がいなければこの世に未練などない。今すぐ死んでもいいくらいだ。
綾に愛してもらいたくて尽くし続けた。それが裏目に出て、時間はかかったけれど、結局は綾が焦れて事を起こしてくれた。
綾がいきなり身体の関係を強要してきた一年前。いてもたってもいられなくなって綾の部屋に盗聴器を仕掛けた。それからは楽しい日々が続いた。友人と電話をしていることで綾の近況を知ることができたし、一人言で考えていることがわかった。律の名を呼びながら自慰をする声や、抱かれた後苦しげに泣く声も聞くことができた。
綾が自分のことを愛してくれている。疑念が確信に変わった時の幸福感はなにものにも代え難かった。
今、綾のすべてを手に入れた。最高の気分だ。もう決して綾を手放したりしない。離れたいと言っても聞いてやらない。もしそんなことがあるなら綾を殺して自分も死ぬ。それほどに綾を愛している。
「──綾、愛しているよ」
振り返り、あどけない表情で眠っている綾の頬に深く口付ける。それからまた堪えきれないように、律は、笑った。
了
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