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第9話
「……お帰り?」
玄関のドアを開ける音はしたが一向に律が現れない。不思議に思ってリビングから声を掛けると向こうから声がした。
「……ただいま」
「……律?」
玄関まで行くと靴を脱いでいる律の大きな背中が見える。この逞しい身体に何度も抱かれたのかと思うと、綾は頬が熱くなるのを堪えきれなかった。振り向くと律は細長く薄いビニールに包まれた一輪のピンクの薔薇を差し出してきた。釣られて受取り、じっとそれを見つめる。淡い色。柔らかそうな花びら。高貴な香り。今日はなにか特別な日でもあったか? 首を傾げていると律の真剣な眼差しとぶつかる。恥ずかしくて顔を逸らしてしまいそうになるが、もう律にすべてを許したのだ。隠すものはなにもない。顔を上げて見つめ返すと律が口を開いた。
「これを、見せたかった」
「え?」
「あの日。綾に見せたかったものは、これだった」
──綾! 綾に見せたいものがあるんだ!
あの日、律は誇らしげにそう言った。あの時の眩しく輝いた瞳が脳裏によみがえる。
「この花はまるで綾そのものだった。綺麗で、優しくて、美しい」
「……律」
「本当に、ごめん」
ぎゅっと手元に握りしめたまま、綾は律の胸に飛び込んだ。慌てて律が両手でそれを抱き止める。
「幸せ、なんだけど」
「綾」
「律は?」
抱きしめる腕に力がこもる。熱い息が耳にかかる。
「綾がいるだけで、俺は幸せだよ、いつでも」
「……うん」
「抱かせて? 綾」
律の厚い胸に顔を埋めたまま、綾ははっきりと頷いた。
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