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第8話
「綾……綾……」
もう何度名を呼ばれたことだろう。べたつく身体をものともせず律は何度も覆い被さってくる。喉が渇いて声を出せず咳き込んでいると唾液を注ぎ込まれた。白い肌に赤い痕をいくつもつけることに余念のない律。チリッとした痛みをそこここに感じ、眉根を寄せて耐える。今までただ黙って耐えていた律はもうそこにはいなくて、まるで遠く離れていた恋人に会ったかのように、執拗に綾を求め続けた。
「……あ……!」
髪を鷲掴みにされ、引き上げられる。綾は両手でシーツを握りしめて唇を噛んだ。錆びた鉄の味が口の中に広がる。身体に打ち込まれる熱い楔にただ耐えるしかなかった。何度も何度も激しく穿たれ、精を放たれ、堪えきれず声を上げた。
「律……助けて……」
「助けて?」
律が更に髪を持ち上げ、綾の耳元で囁く。
「なに言ってるんだ。まだ、まだだ」
「り……あうっ」
「まだまだ抱き足りないんだよ。付き合ってもらう」
「……許して……」
腰をぐっと密着させられて何度目かの絶頂を味わう。高められては突き落とされて、気を失う、と思った瞬間。
「綾……愛してる」
遠くなりそうな意識が引き止められる。愛してる? その言葉の意味がわからず、綾は喘いだ。
「……律……もう……一度……」
「綾」
汗にまみれた律の首にしがみつき、引き寄せる。一番欲しかったもの。それはいつでも律だった。嫌われてもいい、憎まれてもいい、自分のことを見ていてくれればそれでよかった。
必死に繋ぎ止めた。強引に身体まで重ねて。そうさえすれば決して律は綾を無視できなくなると考えていた。これは自分への罰だと思った。律を袋小路へと追い込んだ罰。それなのに渡された律の言葉は……。
──その人は、俺が好きだっていうことを知らないし……。
──大事にしたいんだ。だから言えない。ごめん。
「愛してる、綾。ずっとだ」
「律……」
「物心ついた時から俺はおまえが好きだった」
綾は思わず涙を零した。抱きしめ返してくれる腕が熱くて嬉しくて、子供のようにしゃくりあげる。
「おまえが俺のことを憎んでることは知ってた。だからあんなことをしたんだろ……?」
綾は必死で首を振った。耳元で熱く囁く。
「違う……。身体を使ってでも引き止めたかった……。そうしないとおまえは他の人のところに行ってしまう……。それだけは絶対に嫌だった……」
「綾……本当に?」
身体を離して律が真剣な瞳で見つめ返してくる。綾は何度も頷いた。
「おまえのことが好きだった……。ずっと、ずっと……」
「……なんだ」
律が困ったように苦笑した。泣いている綾の目尻に口づけて涙を拭った。
「俺達、両思いかよ」
「律、ごめんね……」
「謝るのは俺のほうだよ、綾。おまえの足……ダメにした」
「そんなこと初めからどうでもよかった。……口実にして嫌な思いをさせてごめんね」
「いいんだ。綾、いいんだよ」
唇が深く重なる。唾液で滑るのを何度も角度を変えて口付ける。
「愛してるよ、綾」
「……僕も」
「愛してる」
激しく抱きしめられて綾は泣いた。もうこの手を放したりしない。決して離れない。この身体も心も律のもの。愛している。
見上げるとそこには律の温かな眼差しがあって、綾は微笑み返した。
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