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第7話
初冬になった頃。綾は体調を崩した。
もう死んでしまいたい。そう思った途端、倒れて高熱を出した。
もう限界なのだ、と悟る。律を引き止めておきたい。だが身体を重ねるだけではダメなのだ。心を手に入れることはできない。
「綾、水持ってきた」
「……いらない」
顔を背けて目を閉じる。熱は下がったが、まだ身体がだるい。毛布に顔を埋めて、ため息をひとつつく。
「綾、少しでも飲んで」
「うるさいな。早く出ていってくれる?」
もう顔を合わせるのさえ億劫だ。この狂気から逃れるには死ぬしかない。綾の心は折れかけていた。
パチン、とボトルの栓を開ける音がして、しばらくするとぐい、と肩を引き寄せられた。
「なん……っ……」
いきなり口付けられる。舌伝いに温い水が流れ込んできた。唇がそっと離れる。上目遣いに律を見ると、また口移しに水を飲まされた。渇いた身体に甘い痺れが走る。
律が好きだ。どう思いを巡らせたところで還ってくるところはいつもそれだ。律の側にいたい。律に愛されたい。もうそんな資格がないとしても。不意に涙が溢れてきて、綾は顔を背けた。
「……綾」
「……出ていって」
「綾、こっち向いて」
「嫌だ」
ふう、と大きなため息が聞こえた。それから律はゆっくりと綾の耳元で囁いた。
「綾、こっちを向いて、俺にキスして。もししなかったら」
ひんやりとした空気が二人の間に流れる。
「もう二度と俺はおまえを見ない」
「…………!」
今、何と言った? 心臓が早鐘を打つ。二度と見ない。まるで死刑宣告でも受けたかのように綾は身体を硬直させ、目を見張った。
「……最後だ。綾」
その言葉を聞いた瞬間、なにもかも吹き飛んで──。
綾は思わず起き上がり、律の唇に縋りついた。ただ押し付けるだけの口付け。すると律の口角が上がっているのを感じて、驚いた綾は身体を離した。ここにいるのは誰だ? あんなにも恋焦がれた律。その律が微笑んでいる。優しく、ただ優しく。たじろいで綾は毛布を手繰り寄せた。
「……なんで……そんなこと……」
律の両手がパジャマのボタンに掛かる。ひとつずつ外していくのを視線で追う。上着を脱がされて肌寒さに両手で胸元を押さえる。まるで見せつけるかのように律が目の前でトレーナーを脱いだ。引き締まった身体をこんなふうにゆっくりと眺めることはなくて、恥ずかしくなった綾は視線を逸らした。
「俺を見ろ、綾」
いつもの律ではない。なにが律を動かした? 今までのことを怒っていて、仕返しに来たのか。その方がしっくりくる。綾は目を閉じた。罰ならいくらでも受けよう。それだけのことを律にしてきたのだから。
強く引き寄せられ口付けられる。そういえば初めてのキスだったな、と他人事のように思う。首筋に顔が埋められ、強く吸われて吐息が漏れた。律の唇が、手が綾を浸食していく。もう逃れる術はない。慣れたその仕草に綾は震える身体を任せる他、方法はなかった。
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