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第6話

 ある日、不意に。律への執着をやめようと思った。  優しく微笑んで「今までごめんね」と謝って、昔のようにやり直そうと……。  だがそれではダメだ、と声がする。仲良い兄弟に戻ったら、律は離れていってしまう。他の誰かに取られてしまう。それがどうしても耐えられない。  それほどに律を愛しているのだと、今更ながら思い知る。他の誰かに渡すくらいなら、いっそ殺してしまいたい。 「……最低だな」  家に帰るのが面倒になる。こういう時、兄弟、というのは改めて綾にとっていろいろな意味で面倒なものだ、と思う。自分は割と淡泊な方だと思っていた。もしこれが他人だったとしたら、こんな執着はせずに済んだ。こんなに好きにはならなかった。さっと手を放すことができただろう。  帰りたくなくてできるだけ遅くまで外で時間を潰してはみるもののそれさえも煩わしくなって結局こうして家の前にいる。  しばらく律と寝るのは止めよう。少し精神的に楽をしたい。そう思っておかしくなる。律に無理を強いておいて自分は楽になりたいなどと思うこと自体が滑稽なのだ。  そっとドアを開ける。まただ。放っておけばいいものを、律はいつも心配して廊下をうろうろとしている。勘違いしてしまうではないか。もしかして少しは想ってくれているのかと。 「……ただいま」 「お帰り、綾」  なにか言いたげな律を残してさっさと部屋へ行こう。そう思い、靴を脱いで歩き出した瞬間。 「……痛っ……!」  左足首を掴まえようとして体制を崩し廊下に倒れ込む。律は慌てて跪いた。 「綾!……足が痛むのか?」  口をきゅっと引き結んで視線を逸らす綾を律は軽々と抱き上げた。 「ごめん。嫌だろうけど。我慢して」  厚い胸板。雄々しい両腕。熱い肌に触れられて綾は思わず胸元に顔を埋める。律は階段を上がっていき綾の部屋へ入った。すぐにベッドに下ろされる。足が痛むのもあったが律の真剣な表情になにも言うことができずしたいようにさせた。毛布が身体に掛けられその中に温かな両手が潜り込んでくる。息を潜めて様子を伺っているとその手は痛む左足首に触れた。ゆっくりと、両手で何度も何度も撫で擦る。最初は緊張で硬くなっていた身体がだんだんと緩んでくるのを感じる。睡眠不足もあってか綾はいつの間にか瞼を閉じていた。 ──ずっと側にいて。離さないでいて。さっきのように抱きしめて。  そんなことをぼんやりと思いながら襲ってくる睡魔に勝てず綾は深い眠りに落ちていった。

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