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第1話
ヌート兄は僕が嫌いだ。
毎日、僕を苛める。
族長である父は、いつもヌート兄にとりなしてくれる。
お前の教育は厳しすぎると。
だけど、未成年の子供たちの教育全般を任されている兄は、そんなことにはお構いなしだ。
「父上。
ファリーだけ、特別扱いしろと、そうおっしゃるのですか?」
ヌート兄は私を冷ややかに見つめる。
「……そうではない。
ファリーはオメガだ。
身体が弱いのだから……」
「関係ありません。
オメガであろうが何であろうが、ファリーは族長の息子です。
ファリーを特別扱いすることは、皆に示(しめ)しがつきません。
むしろオメガだからこそ、厳しくせねばならぬのです」
ヌート兄がそう言うと、父は押し黙る。
それは正論だから。
だけど、僕は憂鬱な気持ちでヌート兄を見つめる。
僕はヌート兄が嫌いだ。
父バウニーが族長を務めるボウド族唯一のオメガである僕は、物心ついたころには村の小さな神殿の一室で、隔離された生活を送っている。
だが族の子供たちはみな同じく教育を施される。
僕もまた例外ではなく、学校のある日だけは神殿を出て、他の子供たちと一緒に勉学に励んだ。
2年前の冬までは、ヌート兄ではなく、母が、その教育係を務めていた。
母もまた、僕には厳しかった。
同じ年のケファは、いつも母から苛(いじ)められる僕に同情してくれた。
「お前にバウニー様、取られたと思ってたんじゃないか?」
ケファは、母が亡くなった時、そう言った。
僕は知らなかったが、他の家族は、みんな一緒に暮らすのが普通だ。
だけど僕の家族は違った。
僕が神殿に住むようになった時に、父は僕、すなわち次代のアルファの親たるオメガを守るために、同じように神殿の一室に暮らしている。
だから母は、僕を恨むようになったのだろうか?
そして兄もまた同じなのだろうか?
いずれにしろ今日もまた、憂鬱な一日が始まるんだ。
僕はベットに横たわり、窓から差し込む朝の光を恨みがましく見つめた。
すると、ノックもせずにヌート兄は部屋に入ってきた。
「ファリーまだ寝ているのか?
早く準備をするんだ」
僕はヌート兄を睨(にら)んだが、端からそんなことに動じる兄ではないと知っている。
「……勝手に入ってこないでください!」
「お前がぐずぐずしているのが悪い。
さっさとしろ!」
僕はノロノロと起き上がった。
これから僕の最も嫌いな、朝のチェックが始まる。
朝のチェックは、母がはじめたもので、それを兄に知られているとは思わなかった。
母が死んだとき、悲しくはあったものの、苦行からようやく解放されると思ったのに、兄に「朝のチェックをするぞ」と言われたときは、恐怖で体が震えたものだ。
しかし力も強く、弱みを握られている僕は、言うことを聞くしかない。
僕は大人しくベットから立ち上がり、身に付けていた衣服を、すべて脱いだ。
「毎日言わせるな!
さっさと壁に両手をついて、尻をちゃんと突き出せ」
「……くっ!」
僕は表情を歪める。
だが、僕になすすべはない。
ヌート兄に従い、僕は両手を壁について、後孔が良く見えるように尻を突き出した。
後孔には、毎晩ヌート兄に入れられる、細身の張り型が入れられている。
ヌート兄は慣れた手つきでそれを引っ張り出すと、僕の足首を、内側から外に蹴って、足を大きく広げる。
「……ぃやっ!」
僕は羞恥で声を上げたが、ヌート兄はお構いなしに、たった今解放されたその場所に、指を差し入れる。
「……はぁん! うくっ!」
容赦なく広げられる後孔に、僕は息をするのがつらくなる。
毎晩、張り型を入れられているその場所は、ひどく敏感になっている。
大っ嫌いなヌート兄の指にすら、反応してしまう。
それに、この時だけは、ヌート兄は優しいのだ。
兄の刺激を受けてすっかり立ち上がってしまった僕のペニスを、ヌート兄は同じく優しい手つきで、愛撫する。
そして、僕が何に弱いか知り尽くしたその手によって、僕は瞬く間に限界に上り詰める。
「……あん! はぁん! ……だめぇ! イ……ク! ……出ちゃう!」
僕の体は、毎朝のように僕を裏切る。
僕はあっけなく兄の手の中に精を放った。
ヌート兄は濡れたタオルですべてを拭っていく。
すべての証拠を消してしまうように。
その間、まだ体の奥に快感の残る僕は、同じ姿勢のまま、立ち尽くすだけだ。
そしてヌート兄は、すべての始末を終えると、僕に服を着せる。
そして何食わぬ顔で、朝食の用意された食堂に伴うのだ。
母が死んでから同じ毎日を過ごす僕には、この朝のチェックが終わった後に、ご褒美が待っている。
食堂には、僕の双子の妹、ジェルファが待っているのだから。
「ファリー兄様。
遅いわ!」
ジェルファは待ちかねたように僕を出迎えた。
「……ファリーは朝が弱いからな……」
ヌート兄はそう言って、馬鹿にしたように笑った。
僕は決して、朝が弱い訳ではない。
かといって、朝のチェックのことを、ジェルファに知られるくらいなら、死んだ方がましだ。
「ごめん、ジェルファ。
明日はもう少し早く起きれるように頑張るから」
僕はジェルファの髪に優しく口づけ、抱きしめた。
僕より小柄なジェルファは、僕の体に腕を回し、キュッっと、抱き返してきた。
この幸せがなければ、僕には毎日が耐えられなかっただろう。
ヌート兄は、そんな僕たちに構わず、一人でさっさと食事を始めている。
思う存分抱き合った後、僕たちは席につき、食事を始めた。
「そういえば昨日、ガリアが北側の山に野営の後を見つけたって言ってたから、行商人がやってくるかもしれないわ。
メグ族の行商人なら、新しい髪飾りを買いたいんだけど」
食事の最中に、ジェルファはいつもと同じように、他愛のない話をしていた。
先に食事を終えたヌート兄は、めったにないことだけど、急に僕たちの話に割り込んだ。
「ジェルファ。
それは、いつ聞いた?」
「……さっきよ?
さっき、礼拝堂で会ったの。
ガリアが私に……ペンダントを買ってくれるって!」
頬を染めて、ジェルファはそう言った。
ガリアがジェルファのことを好きなことを、ファリーは知っていたが、今の様子を見ると、ジェルファの方も満更でもないらしい。
ファリーとしては、まだまだ子供だと思っていたジェルファの成長に、ただただ戸惑うだけだ。
「え? ……ジェルファ、もしかして、ガリアのこと、好きなの?」
「そ……、そんなんじゃ、ないわよ!
そりゃ……ちょっとは、カッコいいけど」
ガリアは族の若者の中では、ヌート兄に次いで背が高く、顔も整っている。
ジェルファが惚れても、おかしくはない。
おかしくはないが、複雑。
それは、ヌート兄も同じだったようだ。
いつもならジェルファの食事がすむのを待っているのに、急に立ち上がって、「ガリアに話を聞いてくる」と、言う。
「え? ヌート兄さん、やめてよ!
ガリアに変なこと言うの!」
ジェルファは慌てて兄さんを止めた。
「……大丈夫だ。
少し、確認したいことがあるだけだから」
ジェルファの静止も聞かず、ヌート兄は食堂を後にした。
「……もう!
ヌート兄さんったら、いつまでも子ども扱いなんだから!」
ジェルファは頬を膨らませて怒っていたが、再び席に戻った。
僕はその時気付いた。
ジェルファと二人っきりになるのは、久しぶりだ。
嬉しかった。
僕は不機嫌になったジェルファを宥(なだ)め、いろいろおしゃべりをした。
そして、最後に気がかりなことを聞いた。
いつもは、ヌート兄がいて、聞けないこと。
「ねぇ。ジェルファ。
ヌート兄さんと、二人暮らしだろ?
その……何か、困ってることは、ない?」
僕がずっと気がかりだったこと、それはジェルファが僕と同じような扱いを受けてるのではないか、ヌート兄さんに苛(いじ)められているのではないか……ということだった。
「え? 別にないわよ。
そりゃ、ファリー兄さんの前では兄らしい威厳を保ちたいのか難しい顔ばっかりしてるけど、いつもはすごく優しいし、笑ってばっかりよ。
それに、昼間はマーサ叔母さんがお手伝いに来てくれるから、すごく助かってる。
あ、ヌート兄さんってば、マーサ叔母さんのとこのヴェールに言い寄られてて……。
結構いい感じなの。
来年くらい、結婚するかもね」
その時僕は、頭を殴られたようなショックを受けていた。
「……ヴェールが? 兄さんに?」
僕の声は小さく、震えていた。
さすがに、僕の様子がおかしいことに、ジェルファは気付いた。
「……ごめんなさい!
私気付かなくて……。
ヴェールのこと、好きだったのね?」
ジェルファは驚いた様に小さく息を飲むと、優しく僕を抱きしめた。
……僕はヴェールなんて、知らない。
僕はただ、兄さんが憎いだけ。
恋人がいる身で、僕の体を弄(もてあそ)ぶ、兄さんが憎いのだ。
「止めて!」
翌朝、いつものように朝のチェックを受けていた僕だったが、僕の|昂(たか)ぶったペニスにヌート兄さんが手を伸ばしたところで、僕はそれを拒絶した。
「触らないで!
……それは、チェックじゃない!
母さんだって、そんなこと、してなかった!」
僕がそう告げると、兄さんは無表情に、眉を少し上げただけだ。
「……勝手にしろ」
兄さんはそう言うと、僕を残して部屋を出ていった。
僕はまだ濡れたままの体を、初めて自分で拭った。
兄さんの指で後孔を刺激され、昂(たか)ぶられたそこは、まだ熱を持っていた。
おそるおそる、手で触れてみる。
快感を求めて痙攣するその場所を、僕は初めて自分の手で愛撫した。
「う…く! はぁぁあ!」
快感は得られている。
それなのに。
僕の体はもう、兄さんの愛撫でしか、イケなくなっていた。
「ふ……ぐ」
僕は悲しくて、苦しくて、涙をこぼした。
「……嫌い! 兄さんなんて、嫌いだ!」
僕は身も心も重いまま、着替えを済ませる。
ただ、ジェルファに会いたい。
僕にはもう、ジェルファしかいない。
何とか身支度を済ませて食堂に行くと、そこにはヌート兄さんの姿はなく、ジェルファだけだった。
「……ヌート兄さんは?」
ジェルファに問われて、僕は途方にくれた。
兄さんはジェルファに何も言わず、帰ったんだろうか?
初めてのことで、何も言えない。
「……知るもんか!」
またジェルファと二人っきりになれたのに、嬉しいはずなのに、ファリーの心は晴れなかった。
朝食を終え、学科と武術訓練に参加すると、ヌート兄さんはいつものように厳しく、容赦なく、ファリーを扱った。
そして夜になると、いつものようにファリーの体に、張り型を入れに来た。
ファリーはいつもと変わらぬ兄の様子に、安堵した。
しかしその一方、兄さんにとって、僕はどうでもいい存在なのだと、言われたような気がした。
「……もっと足を広げろ!」
兄さんはいつもように、容赦なく僕の足を蹴って、後孔が良く見えるように両足を広げる。
張り型に潤滑油を塗り込む兄さんを、僕はいつものように睨みつける。
そうしなければ、変わってしまう気がした。
兄さんは僕の後孔にも、ゆっくりと、愛撫のように優しく、潤滑油を塗り込んでいく。
「あ……はぁぁ……!」
思わず吐息を漏らしてしまう。
「入れるぞ」
兄さんの乾いた声が、耳朶に響く。
ゆっくりと差し込まれる張り型は、僕の肉壁を甚振(いたぶ)りながら、その肉を広げるように進む。
「な、んで……。
……イヤ!」
思わず声を漏らした僕に、ヌート兄さんの声が響いた。
「……お前の番(つがい)は男だ。
いつかここに……受け入れることになる。
慣らしておかねば……お前の体が、傷つく」
僕は何を言われたか、分からなかった。
「番(つがい)?
……なに?」
僕は初めて聞く言葉に、思わず聞き返した。
「……もうすぐ、分かる」
兄さんはそれ以上、僕に言おうとしなかった。
そして、いつものように、帰っていった。
だが、いつものように、は、それまでだった。
次の日の朝、いつものように朝のチェックをする兄さんは、もう僕のペニスに触れることはなかった。
張り型を抜き、後孔の中を指で確認すると、濡れた僕の下半身をタオルで拭っただけで、「……後は自分でしろ!」と、部屋を後にした。
僕は呆然と立ち尽くした。
何かが、変わろうとしていた。
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